「No more lonely nights 〜 ひとりぼっちの夜はもう……! 〜」
時計を再び巻き戻そう。
「なんだかそっち、超うるさくない? 聞こえる?」
壁一面に開いた窓外に青空とアッパーサイド・シティパークを一望する、高層アパートメント最上階のリビングで、ジムはボールに連絡を入れていた。GBNにログインするため、ガンダムベースに来ている頃だ。
「悪ぃ、お前と約束してた時間、遅れるわ。このままじゃゴキゲンなパーリィ、出来ねぇと思ってさ」
ちょっとやりたいことがあって──そう告げようとした時、
「こっちの話がまだ終わってない!」
ジムの手から、ディーラーより今朝届いたばかりの最新モバイルギアフォンが取り上げられた。
「ちょ、電話してる途中──」
「どういうつもりなの!? ひとことの相談もなしで大学の入学取り消すなんて!」
「だからんなの、なんで従兄弟のお前にいちいち相談しなきゃなんないんだよ」
「フィアンセでしょ!」
ヴィオラは、奪ったジムのモバイルギアフォンを、フリルのついたブラウスの胸の前で両手に隠すように抱いた。ぷんっと頬を膨らませる。
しかしそう言われても、物心つく頃から気づけば毎日のように遊んでいた父親の妹の娘を、ジムはどうしても婚約者として見ることができない。それどころかフィアンセなんかがいるおかげで、いままでの人生モテなかったのだ、そうに違いないと、逆恨みすらしている。
「だから言ってんじゃん──」
ジムは、モバイルギアフォンを取り上げられ手持ちぶさたになった手で、リビングテーブルのヴィオラお手製ミントクッキーをひとつ口に放り込むと、
「寄付って名前の金の力で卒業出来んの決まってんだぜ。んな親父の会社継ぐために単位集めするだけの四年間なんかより、サイコーのパーリィ、エンジョイする方がよっぽど人生経験アガると思わね?」
「だったら私もその、がんばるパーティーに誘いなさいよ」
「ガンプラパーリィだし、お前の趣味とはぜってー、合わねぇし」
「さっきの電話の女の子とは気が合うってわけ?」
ジムは「はぁ?」と、
「あれって男だし」
「うそ」
「ギアの履歴、名前見てみれば?」
ヴィオラは、自分がジムのモバイルギアフォンを奪い取った事を忘れていたらしく、一瞬ハッとなったが、
「覗き見の趣味なんてないもん」
ギアをテーブルに置くと、ぼすんとソファに座って、
「でも、そんなの、大学通いながらでもいいでしょ」
「オレが二足のスニーカー履いてエンジョイかませるほど器用じゃないっての、お前、知ってるだろ?」
ヴィオラの表情が「確かにそうかも」と納得しかけた。それでも不機嫌顔に変わりはない。確かジムの一つ年下だったか。普段は年相応だがふくれっ面になると随分と幼く見える。
ジムは、やれやれと頭を掻きながら、部屋の片隅に置いておいた、スーツケースほどの大きさの特注ガンプラ移動用コンテナへ歩み寄った。
「んじゃひとつ、頼みごとしていいか?」
ジムがローレッタのお手製フライヤーを握りしめ、案内にあったシモダの事務所へとやってきた時には、既にガンプラバトルのエントリーを希望するダイバーが4人、列をつくっていた。引っ張り出した事務机を事務所の入口前に置き、ローレッタが受付嬢役をかってでている。そんな様子をシモダは事務所の中から、薄く開けた扉の隙間越しにに覗いていた。
「ご希望の賞品は?」
ローレッタの問いに、ダイバーたちがリストの中から順番に答える。「初期ロット1/144 RX78ガンプラの箱(中身無し)」「キャップをちゃんと閉めなかったので、半分使ったところで固まってしまったパテ」「ガンダムEz8がビームサーベルで雪原の雪を溶かし風呂を湧かしている場面を再現しようとしたが、雪パウダーが足りなくなって、結局そのまま忘れ去られていた作りかけのジオラマ」「1/144 MSN02ガンプラに同梱されていたディスプレイ用のア・バオア・クーっぽい台座(ジオング本体無し)」等々。
「もっといいのがあったと思うけど──」シモダの心の中に疑問が渦を巻く「なぜにローレッタ女史は、あんなモノをボクの宝物だと思ったのだろう? というか、エントリーしてきたダイバーたちは、どうしてそんなモノを欲しがる? ま、だからこそ、こんなに少人数しか集まらなかったんだろうけど。というよりこのバトル、挑戦なんて受けなくてもいいのでは? 別にあげてしまっても困らないモノばかりだし──」
ふと、彼の目が、フライヤーに並んでいる宝物リストを見つめた。
「たったひとつ……アレを除いては」
列の最後尾に並んでいるボールも、先のダイバーたちの希望賞品を聞きつつ、心の中で呟いていた……ニヤリと、
「みんな、アレの価値知らないみたいだし……っていうか、どんな価値かと聞かれれば自分にもわかんないけど。とりあえず闇金型マフィアにGBNに閉じ込められた僕らをログアウトさせてはくれたけど……」
ふと、思った。
「他にもなんか、力あるのかな」
どう思うジム? ──問おうとして、彼がいないことを思い出した。なにやら悔しさと寂しさが一緒になって、鼻の奥にこみあげた。
「なんだっていい……先まわりして全部独り占めすれば、きっとあいつにギャフンと言わせられる……」
しつこいようだがボール自身、生まれてこの方、ギャフンなんて言ったことなどなかったが。
ボールに順番が回ってきた。ダイバー名など必要事項をひと通り告げる。ローレッタは、それらをタブレットのエントリー受付ページに入力し終えると、ボールの顔を覗き込むように最後の質問をした。
「ご希望の賞品は?」
「もちろん君を! ……ってホントは言いたいんだけど、今日のところは、ゴールデン・ポリキャップで」
次の瞬間、事務所の中からシモダが飛びだした。ローレッタの隣で事務机に両手をつき、ボールに向かって身を乗り出す。
「アレがなんだか知ってるんですか!?」
バトルフィールドへと向かうチャーターシャトルのキャビンで、シモダはボールと、そしてローレッタに、ゴールデン・ポリキャップとの出会いを語った。ある日突然眩い光に包まれたこと。輝きの中で憶えのない声を聞いたこと──その声から「『ソレ』がきっと自分を導いてくれる」と告げられたこと。そして輝きが失せ、気づいた時には、自分の手にゴールデン・ポリキャップが握られていたこと。
「すっかり忘れていました、あの出来事を……けれど、ローレッタ女史が、しまってあったゴールデン・ポリキャップを見つけ出してくれて、ボールさんがそれを求めていま、ボクにバトルを挑んでくれようとしている」
シモダはボールとローレッタにまっすぐ視線を向けた。
「ボクは自分に自信がありません、仕事にも、ガンプラのセンスにも。このバトルも早々敗れてしまうかも知れない。けれど……それでもボクは、闘わなければならない気がします……ゴールデン・ポリキャップが立ち向かえと告げている、そんな気がするんです」
決意に拳を握りしめるシモダをローレッタは暖かく見つめ、そしてそんなローレッタを、ボールは最高のキメ視線で見つめた。
「ローレッタさんとおっしゃるのですね……とても素敵なお名前です」
バトルフィールドは、コロニー内に建てられたフォースネストの建築廃材に限り投棄が許可された、眼下に青く輝く地球を見下ろす大気圏外特別区画。その作業用モビルスーツ発着ドックから、最初の対戦者──ザク06Rと対峙すべく、シモダのガンプラがフィールドへと姿を現した。
圧倒するようなその偉容に、待機場所兼ギャラリースペースとなったチャーターシャトルのキャビンで、ボールは、ローレッタや出場順を待つ他のダイバーたちともに思わず息を飲んだ。
「ストライクフリーダム!」
──をベース機体とし、
「無重量域機動用スラスターを補強!」二番手出場ダイバーが叫び!
「大気圏内マニューバ対策も強化!」三番手出場ダイバーが圧倒され!
「重火砲!」四番手出場ダイバーがビビり!
「重装甲!」五番手出場ダイバーが感心し!
「キラキラ感!」ローレッタが頬を染めた!
まさに全部の乗せにした、てんこ盛り。
そのコクピットでシモダは、大きくひとつ深呼吸すると、静かに閉じていた眼を、気合でグッと見開いた。
「ストライクフリーダムガンダムMR‐G! このバトル……受けて立つ!」
そして時計は、エピソードの冒頭へ戻る。
ストライクフリーダムガンダムMR‐Gの力は圧倒的だった。先に対戦した四体のガンプラはまさに瞬殺の勢いで撃破され、いま、最後の挑戦者であるポリポッドボールが、バトルフィールドで必死に勝機を探っていた。
ポリポッドボールのベース機体であるボールは、本来、格闘機動戦兵器として設計されてはいない。更にその大きさからプロペラント(推進剤)の積載量にも限りがあり、微小重力空間を舞台にしたスラスターを駆使してのマニューバ合戦においては、圧倒的に不利と言えた。
けれど、ポリポッドボールには脚がある。しかも、わしゃわしゃと。
真空を切り裂きストフリMR‐Gが迫る、その気配を感じる。足もとの浮遊物を踏み台に反射的に位置を変えた。いまハ脚が蹴りつけたのはデブリだろうか、それとも先に撃破されたガンプラの残骸か。
「んなの、なんだっていい……」
ボールは闘魂を滲ませ呟いた。
「ぜってー勝ってやる、このバトル……勝って、あいつに、ぎゃふんと言わせてやる……ぎゃふんなんて……僕も言ったことないけどね!」
しかし、ボールとストフリではスペックに差がありすぎる。
それを気力や根性で補うのはとうてい不可能だ。
逃げようとする先々に、凄まじい機動でストフリMR‐Gが先回りする。砲を放てばたやすくかわされ、攻撃を防ごうと建設廃材デブリを盾にすれば、ストフリMR‐Gの火力はそれを木っ端微塵に粉砕する。
そして気づけば、あっという間もなく、絶体絶命。
一瞬シモダが申し訳なさそうにボールを見た──そんな気がした。
「ジムにぎゃふんと言わせるのなんてもう、どうでもいい……僕は、僕は……」
ボールは屈辱にグッと奥歯を食いしばった。
「僕はローレッタさんにダサいところを見られたくないんだぁぁぁぁ!!」
その時ボールは、遙か彼方に輝く何ものかを見つけた、シモダも気づいた、ローレッタも目を凝らした。
皆の視線の先、輝きは凄まじい速度で接近し、遂には見たことのないガンプラとなって、バトルフィールドに降臨した。
「誰にギャフンって言わせるだって?」
その声は、フォース専用の通信回線に乗って、ポリポッドボールのコクピットに飛びこんできた。
「ジム!」