ガンダムビルドダイバーズワールドチャレンジ ジムとボールの世界に挑戦!

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「we built this city 〜 街をつくる男 〜」

 一見、小惑星にも見えるその認定デブリ集積地は、コロニー内に建てられたフォースネストの建築廃材に限って投棄が許可された大気圏外特別区画──とかなんとか、そんなものをわざわざ設定するなんて、GBNのディメンション・デザイナはユーモアに長けているのか、真面目過ぎるのか、それともよっぽど暇なのか。なんにせよ、いまのボールにとって、ポリポッドボールが身を隠せるほどの巨大な浮遊物があちらこちらに漂ってくれているのは、ありがたいことではあったが。

 ポリポッドボールのベース機体であるボールは、本来、格闘機動戦兵器として設計されてはいない。更にその大きさからプロペラント(推進剤)の積載量にも限りがあり、微小重力空間を舞台にしたスラスターを駆使してのマニューバ合戦においては、圧倒的に不利と言えた。

 けれど、ポリポッドボールには脚がある。しかも、わしゃわしゃと。

 真空を切り裂きヤツが迫る、その気配を感じる。足もとの浮遊物を踏み台に反射的に位置を変えた。いま右ハ脚が蹴りつけたのはデブリだろうか、それとも先に撃破されたガンプラの残骸か。

「んなの、なんだっていい……」

 ボールは闘魂を滲ませ呟いた。

「ぜってー勝ってやる、このバトル……勝って、あいつに、ぎゃふんと言わせてやる……ぎゃふんなんて……僕も言ったことないけどね!」

 見回せば、あたりにジム・タービュレンスの姿はなく、いまボールはぼっち、手強い敵を相手に激バトルしていた。

 

 時間を少し戻そう。

 それは、GBNにログインする直前──

「ちょ、よく聞こえない! まわりうるさくて……!」

 ボールは、大勢の人でごった返すガンダムベースのロビーで、十年型落ちのモバイルギアフォンを必死に耳に押し当てていた。

「なんか今日ガンダムベースがさ! かわいいゲームキャラがAR越しにゲットできるスポットに選ばれたらしくってさ! いつものガンプラファンだけじゃなくてそっちのファンもいっぱい来てて! もう通勤時間のオレンジ帯系シティライン状態……!」

 ジムの声が、喧騒の隙間を縫って、モバイルギアフォンの向こうから途切れ途切れに聞こえて来る。

「悪ぃ、お前と…………じゃ、ゴキゲンなパーリィ、出来ねぇ……」

「……え?」

 ジムからの通話はそこで切れた。

「どういうことだよ……!? おい!」

 突然の拒絶に気が動転した。頭から血の気が失せ、ぼーっと思考力が低下する。

「……あれか? 僕のモバイルギアフォンが十年型落ちだからか? OSの更新の対象外になって、かわいいゲームキャラをAR越しにゲットするアプリがインストール出来ないからか! そうなのか!」

 もちろん、そうでないだろうことは、ボールにもわかっている。じゃあ、

「なんでだよ……んな、いきなり……!」

 いったん引いた血が、カッと熱くたぎって胸のなかに戻ってきた。理不尽な裏切りに対する怒りとなってこみあげる。僕たちは、一緒にレジェンドガンプラを見つけ出し、力を合わせパンチライン的なバトルに打ち勝って、共にゴールデン・ポリキャップをこの手に掴もうと誓い合ったとか合わなかったとかしたはずの仲じゃなかったのかよ! 

「ひょっとして!」

 はっと脳裏に浮かんだ──あいつ、ゴキゲンなパーリィ、ひとりムフフとお楽しもうって算段なのか? そうか……そうですか、そうなんですね! だったら!

「んなの、ぜってぇさせてたまるかよ……残ってる6つのゴールデン・ポリキャップ、あいつより先回りして……僕がお先に根こそぎ、オールゲットだぜ!」

 

 更に時計を戻そう。

 その青年は、ダイバー名を『シモダ』といった。自然に任せた髪、小顔のおかげで実際より背が高く見える身体に、すっきり清潔な工務店風の作業着を着込んで、今日もあちらこちらのフォースを回っている。

「最近ご使用のフォースネストに、ご不満な点や不具合はございませんか?」

 そう、彼はこのGBNで、フォースネストの改装や改築を請け負うことによりフォースポイントを稼ぐ、特別なダイバーだった。

 そんな彼がこれまでに得た報酬は、0ポイント。

「フォースメンバーが増えたのでガンプラの格納スペースを広くしたいのですね? では、すぐにアナハイムの月面ファクトリー級出荷待ちハンガーをご用意しましょう、あれだけの規模なら何百、何千機でも……え? 増えたと言っても二桁もいっていないから、そこまで馬鹿でかいのは必要ない? そうですか……。それと、メンバーがリフレッシュできる空間をご所望? でしたら、東西の絶叫系アクティビティやアトラクションを一堂に集めて……あ、そんなにだだっ広いお庭はない……。 あと、皆さんのバトルのモチベーションをアゲたい? なら、世界中の三つ星シェフが朝昼晩腕を振るうフードコートを──」

 とにかく要望に対する提案が、全部盛りというか、大味すぎて、一度としてオーダーを受けたことがないのだ。

 そしていまもまた、フォースメンバーがバトル後、ゆったりリラックスできるフォースネストに改装したいという要望に対し、健康温泉ランドに建て替えるというプランを提案し、速攻で拒否られ、失意の中、事務所の前まで帰ってきたところだった。

 既に陽は暮れている。

 ふと見れば、入口の脇に一人の女性が立っていた。腰までの黒髪、薄く開いた美しい目と長いまつげ、柄のない上品でシンプルなワンピース。

 お客さんかもしれない。シモダは俯き丸くしていた背筋を伸ばすと笑顔を作った。

「フォースネストの改装ですか? それとも改築?」

 声を掛けながら、ドアのタッチセンサーに手を伸ばす。

「どっちでもないわ」

 女性は一歩シモダに足を踏み出し言った。

「むかえに来たの、あなたを」

「え?」

 開いたドアの前で、シモダは訝しげにその女性の顔を見つめた。商売柄、人の顔を憶えるのは得意な方だ。仕事上の知り合いはもちろん、お客さんでも一度会えば忘れない。

 5秒見つめた、思い出せない、10秒、11、13、16──「あ!」と記憶に触れた。

「ローレッタ女史?」

「ピンポーン」

 事務所のドアは開いたまま。

「入らないの?」

 口をあんぐり唖然と立ち尽くすシモダを、ローレッタが指で促した。

 

「ダイバーってアレですね、アバターまとってても、目線だけはリアルの面影が出るもんなんですね」

 そう言いつつシモダは、応接のソファテーブルにコーヒーを二人ぶん置くと、ローレッタの向かいに座った。

「あなたも、ウチに来たばっかりの頃のあのキラキラした目、まだちゃーんと持ってる……とか言ってみたりして」

 悪戯げに言いながら、ローレッタはコーヒーにミルクだけを注いだ。

 シモダは表情を硬くした。

「よくわかりましたね、ここにいるって」

「前に見せてくれたことあったでしょ、あなたが仕事で失敗して落ち込んだ時、心を癒やすためにいつも作ってたガンプラ。すごく素敵だった。とってもアツい想いがこもってて、だからひょっとしたら、ガンプラで満ちてる世界に……GBNに……ひきこもってるんじゃないかって」

 ひとくち口をつけたカップに、口紅がほのかに残る。

「……戻りません、会社には……」

 シモダはぼそりと言った。

「直接の上司だったあなたならわかってるでしょう? ボクにはセンスがないんです、才能が欠落しているんです。このGBNでも……。ひょっとしたら、こっちの世界でなら上手くやれるんじゃないか、なんて思ったりしましたが……結局リアル世界と同じでした……注文の電話は、一度だって鳴ったことがありません」

 シモダはコーヒーカップを手にとった。

「きっと、ボクが作るガンプラだって……自分が一人勝手にカッコいいと勘違いして、思い上がってるだけなんです……」

 見つめたコーヒーに、情けなさに歪んだ自分の顔が映っている。思わずスプーンでかき回して消す。

 ローレッタは、そんなシモダを暫く見つめ──答える代わりに立ち上がった。

「シャワー借りるわよ」

「……え?」

「あと、ベッドも」

「は? いや、あの、それは──」

「なに? レディをソファで寝かせる気?」

「じゃなくて、泊まっていくつもりですか?」

「当然よ。ログアウトして目を離したら、その隙にシモダ、またどっか消えちゃうかも知れないじゃない……こっちね?」

 ローレッタは、事務所の奥にめざとく居住スペースを見つけると、

「バスタオルお願い、清潔なやつ」

 引き止めようとするシモダの声も聞かず、シャワールームを目指し、ずんずん歩み行ってしまった。

 シモダはあとを追う代わりに、諦めの溜め息をひとつ大きく吐き出した。彼女が一度言い出したら引かないことを、シモダはよく知っていた。


 そんなことがあった夜でも、昼間の営業活動の疲労パラメータ値が溜まっているシモダは、横になったとたん深い眠りについた。寝心地の悪い事務所の応接のソファにもかかわらず──ローレッタが、夜通しなにやら家捜ししていることにも気づかずに。


 翌朝シモダは、けたたましく鳴り響く聞き慣れないベルの音で起こされた。それが目覚ましではなく電話の呼びだしであると気づくまでに、しばらく時間がかかった。

「……お客さんからの注文!?」

 眠気が一気に醒めた。慌てて受話器をひったくる。

「お電話ありがとうございます! フォースネスト改装のご用命でしょうか! それとも改築!?」

 電話の先から「え?」と、戸惑う声が返ってきた。

「あ、いや……フライヤーで見たガンプラバトルに、エントリーしようと思って連絡したんだけど」

「…………はぁ?」

 間違い電話かと肩を落としかけたシモダは、そう言えば──と、ローレッタの気配がどこにもないことに気がついた。


「勝ち抜きガンプラバトルやりまーす! 優勝者には、リストの中からお好きな賞品をさし上げまーす!」

 ローレッタは、シモダの事務所からほどほど離れた大通りでフライヤーを配っていた。ようやく彼女を見つけたシモダが、慌てて駆け寄って来る。

「なにやってんですローレッタ女史!」

「シモダのあのキラキラした目、また見たいなぁって思ってね」

「……え?」

 戸惑うシモダにローレッタは、ふふんっと勝ち誇ったように夜通しで作ったフライヤーを掲げて見せた。そこには、シモダのガンプラとの勝ち抜きバトルの告知。そして優勝賞品として、彼女が家捜しして見つけ出したシモダの宝物(に違いないと彼女が勝手に思ったもの)たちが、リストアップされていた。

「もうGBNにはバトル開催申請出しちゃったから。対戦相手に宝物持ってかれたくなかったら、最後まで勝ち抜くしかないよね、シモダ!」

「えええええーっ!」


「マジですかーっ!」

 彼にヒキの才能があるのか、それとも導かれたのか。ボールは、やけくそに選び訪れたディメンションの街角で、ローレッタが配りまくったフライヤーを手に、歓喜した。 

 リストされているシモダの宝物の中に、ゴールデン・ポリキャップの名があるのを、彼は見逃さなかった。