「Honesty 〜 大切なものは… 〜」
愛機であるMGアストレイを、GBN内のノイズを駆逐せんがための正義の使者、ガンダムノイズキャンセラへと昇華させたのは、果たして己の意志なのか、それとも、輝きの中で気づけばその拳に握られていたゴールデン・ポリキャップの導きなのか──ヤマタツは、対象に急速に近づきつつ、ふと疑問に感じた。
「どっちだっていい、神聖なるGBNを犯そうとする穢れを、焼き払えるのなら……」
ヤマタツの想いが、ノイズキャンセラの骨格フレームによって増幅変位される。額で紅に明滅していたセンサーが眩く輝いた次の瞬間、一帯が、機体マスクから拡散放出されたフィールドによって閉ざされた。
つい今までカラフルで可愛い遊園地だった周囲の景色が突然、おどろおどろしく厭わしい色彩に変化し、ジムとボールは驚き息を呑んだ。見回せば、空間が捻れるように不吉色の淀みが歪み、渦を巻きはじめている。
「……んだよ、これ!?」
思わずジムが声を漏らす。次いで足もとの踏ん張りがフワフワと効かなくなり、遂には上下の感覚がなくなった。二人は慌てて機体のオペレーションモードをゼロ・グラビティにスイッチし、
「どうなってんだ! きっもち悪ぅ!」
「もしかして、さっき聞こえた声のヤツのせいかも!」
ボールはハッとした。しかし、声の主の姿は見えない。
「また例のキュベレイと百式とか!?」
「つーか、なんでノズちゃんとマーキーちゃんとデートって時んなったら邪魔が入んだよ!」
吐き捨て言うジムのストームブリンガーとボールのポリポッドボールが、無重量状態のなか、互いに頭と足の向きを反対にしつつ背中を合わせ警戒した──その時、空間一帯に向け、どこからか複数の砲火が速射された。ストームブリンガーが反射的にライフルを構え、相手を探す。
「攻撃!? ってか、狙い全然外れてんじゃん!」
一方でポリポッドボールが、メインウェポンである脳天の巨大スピーカーから、大ファンであるプチ・ルーの代表曲を、大音量で奏ではじめる。
「意味ねぇってそれ!」
呆れるジムに、ボールは力強く、
「んな事ない! この曲にはプチ・ルーの溢れる情熱パワーが宿ってる! だって前のキュベレイと百式の時も、これかけたら相手撤退してったじゃん!」
しかし情熱パワー云々はさておいて、そのスピーカーにはひとつ問題があった。頭部全体を覆うほどの巨大さゆえ、接近・索敵センサーと干渉し、頭上方向に向けてのサーチに影を作ってしまっていたのだ。
その死角を巧みに突き、ヤマタツは──彼のノイズキャンセラは、それまで身を隠していたステルスウォール(隠れ壁)から飛び出すと、素早くポリポッドボールに急接近した。腕に装着したトンファーでスピーカーを殴打し、破壊する。
「!?」
突然の攻撃にボールは何事かと驚きつつ、一撃離脱するノイズキャンセラを目で追った。
「MGアストレイ!? ……でも、あのシルエット……!」
瞬発力特化のため極限までの軽量化を図り、最小限の装甲以外を脱ぎ捨てた機体は、まるで人間の骨格が鎧をまとったかの如き──その姿をジムも確認して、
「なんか生きモンみてぇ!」
咄嗟にライフルを向け続けざまに撃つ。
しかし、放たれたビームは遠ざかるノイズキャンセラに到達する前にエネルギーを減衰し輝きを失ってしまう。何度撃っても。
「なんで届かねぇんだ!」
「まさか最初の速射の砲撃──」
ボールは気づいた、
「ビーム攪乱弾!」
「わざとばら撒いてたってわけかよ!」
その間に、気づけばノイズキャンセラは姿を消している。
「どこいったんだよあいつ!」
ジムはとっさにラジオ(交信)をガードチャンネル(緊急周波数)に合わせ怒鳴った。
「なんなんだよお前! なんでオレらのデートパーリィ邪魔すんだよ!」
「……愚問」
ヤマタツが声を返してくる。
「GBNを汚す存在だからだ……」
「はぁ!?」
ボールは戸惑い、
「なにわけ解んねぇこと言ってんだ!」
ジムは、破壊されたスピーカーの残骸を掴むと、ノイズキャンセラの去った方を目掛けて投げつけた。偶然にもステルスウォールに命中しそれを破壊する。
ノイズキャンセラが姿を現した。
ジムは、憤りを剥き出し睨みつけると、
「どういうことだよ! オレらがGBN汚すって!」
「……お前たちがノイズだからだ……」
「だからわけ解んねぇこと言ってんなって言ってんだって!」
怒鳴り声をスタートピストルに、ストームブリンガーがノイズキャンセラに向かってダッシュする。力の限り殴りつけようとした──その拳を、ノイズキャンセラは易々とかわしすり抜けると、再度ポリポッドボールに向かって突進した。
「その醜い姿を、ノイズと言わずなんという」
見ればポリポッドボールがその脳天に、破壊された大型スピーカーに換えて、ウェポンコンテナから取り出したもう一つのボールの胴体を、更にその上にハロを装着している。その容姿はまさに、
「相手に空腹を感じさせ、戦意を喪失させる、名付けて串団子形態!」
ボールはしりぞかず立ちむかおうとする。
「おぞましい!」
ヤマタツは我慢ならず怒声を叩きつけた。ノイズキャンセラが腕に装着してあるトンファー・ウェポンを転回させ、砲身を伸ばし、機関砲弾を連射する。ポリポッドボールの脳天に装着してあったボールとハロがまたたく間に破壊された。
そこへストームブリンガーが向かって来る。
ノイズキャンセラは今度も一撃離脱。
ジムは、その背後に必死に食らいつこうと追う、しかし、
「オレのストームブリンガーが振り切られるだと……!」
凄まじいマニューバを見せるノイズキャンセラの背後から、ストームブリンガーが置き去りにされるように姿を消した。
ヤマタツは、小さく口もとを微笑ませた──寂しげに、
「お前たちのような悪しき者に、私の邪魔が出来るわけがない……絶対に許さない、私と愛する人とを引き裂いた者を……」
再びポリポッドボールに視線を戻す。
見ればポリポッドボールが、今度は脳天に、もう一対の多脚を、足を天に向けた状態で装着している。
「視覚的に上下どちらを向いているかを惑わせ、バトルを有利に展開する、名付けて上を下への大騒ぎ形態!」
ボールの宣言に、ヤマタツはカッと心の芯が憤りで熱くなるのを感じた。
「GBNの清純を守るため……抹殺せねば、貴様のような……フェイクガンプラは!」
「!?」ヤマタツの声にボールはハッとした。
ノイズキャンセラが、再びポリポッドボールに向かい凄まじい勢いで突進する。腕の機関砲を再度トンファー・ウェポンに転回させる、その狙いはポリポッドボールのコクピットを捉えている、大きく振りかぶり──叩きつけようとしたトンファーを、咄嗟に間に割り入ったストームブリンガーが受け止めた。
ヤマタツが、そしてボールが驚く。
「確かにあんたの機動はすげぇ、追いつけねえ……けど、ここで待ち構えてりゃ、そっちから飛びこんで来る」
ギリと奥歯を噛むヤマタツを、ジムは真正面から見据えるように、
「ボールのポリポッドボールが、フェイク?」
「その異形、なによりの証……」
「そっか……だよね……」
ふと、ボールは肩を落とした。小さく自嘲して、
「……よく考えてみたら、ふざけてるよね……こんなの、フェイクだって思われても……」
「ざけんな!」
ジムの激しい憤りは、ヤマタツに向けられている。
「もうっ、ライブのアンコールはしつこいわ、物販の売れ行きはいいわ、こんな時に限ってありがた迷惑だっつーの!」
「…………おかげで待ち合わせ時間、大遅刻…………」
言いつつ、正体がバレないよう急ごしらえしたベアッガイでGBNにログインしたノズとマーキーは、慌ててやってきた遊園地ディメンションに、なにやら奇妙な空間が生まれていることに驚いた。遊びに来ていたガンプラたちが、もの珍しそうに取り囲んでいる。どうやら中には入れないらしい、代わりに、
「一見ふざけてるみてぇに見えるかもしんねぇけど……こいつからは、どうすればもっと凄ぇガンプラ作れるかって、メシ食う時もクソする時も夢ん中でも、めちゃくちゃ悩んで考えて……そんな気持ちが溢れてんだろうが!」
その声はガードチャンネルを通じて、ノズとマーキーのコクピットにも届いていた。
「この声……ジム!?」
「…………もしかしたら二人、この空間の中に…………?」
背後にポリポッドボールを守りつつ、トンファーをその身で受け止めたまま、ストームブリンガーはノイズキャンセラを見据えている。
「そんな事もわかんねぇでGBNの清純を守るだぁ? 笑わせんな!」
ジムは噛みしめる様にノイズキャンセラを──ヤマタツを睨みつけた。
「フェイク・ガンプラなんてふざけたモン、オレだってムカつくに決まってる! けど、本当に大切なのは、形とかじゃねぇだろ!」
ヤマタツはハッとした。
「形……じゃない……」
そうだ、自分が見つめなければならなかったのは、彼女が作ったフェイク・ガンプラじゃない……ガンプラを作ろうとしてくれた、彼女の心だ。目の前のガンダムのパイロットが、不格好なボールのビルダーの気持ちを讃えたように、自分も彼女の気持ちを、抱きしめてあげるべきだったんだ……。
ふと、コクピットが清らかな光に包まれはじめた。見ればポケットが光っている。中からゴールデン・ポリキャップを出す、いきいきと輝いている。
「そうか……お前が……」
その輝きはコクピットを貫き、ノイズキャンセラ全体を輝かせた。
ジムとボールが驚く目の前で、ノイズキャンセラから放たれた輝きが、辺りのおどろおどろしい色彩の渦を、春の嵐の様に吹き飛ばし──気づけば三人が乗るガンプラは、カラフルで可愛い遊園地の中に戻っていた。
ジムとボール、そしてヤマタツは、それぞれのガンプラから降機し、向かい合った。ヤマタツは二人に詫びると、自分が愛する人を傷つけてしまったこと、そして、
「きっと私に大切な事を気づかせるため、あなたたちと出会えるよう、導いてくれたのですね……」
そう告げ、ゴールデン・ポリキャップを見せた。
ジムとボールはもはや驚かなかった。彼はソレを持っている、ハナからそんな予感がしていたからだ。そしてお返しとばかりに、二人もヤマタツにこれまでのいきさつを話した。
「そうだったんですね……なら、このゴールデン・ポリキャップもきっと、お二人にお渡しすべきなのでしょう」
差し出されたゴールデン・ポリキャップを、ジムとボールは素直に受け取る──ふと、想いが浮かんだ。
ひょっとして、自分たちがゴールデン・ポリキャップを集めているんじゃなく、ゴールデン・ポリキャップの方が、自分たちの所に集っているのか?
何かをさせるため?
だとしたら、いったいなにを?
「まさか、超盛大なパーリィ?」
「かな?」
なんにせよ四つは揃った、残りはあと三つ。
「ま、全部集まりゃ、わかるってか?」
見回せば遠巻きを、遊園地ディメンションを訪れていた観客たちが興味深げに囲んでいる。どうやら先の不思議な空間を、アトラクションか何かだったと思っているようだ。
しかしその群衆の中に、遅れながらもやって来ていたはずのノズとマーキーの姿はなかった。