「Bring the noise 〜 社会の敵 〜」
「そんなのどっちでもいいじゃない!」
その一言が、愛する人との破局のきっかけだった。
彼は、ダイバーネームをヤマタツといった。ガンプラを愛し、GBNを愛し、そして彼女とは数日ののちに結ばれる約束だった。しかしそんな彼女を、彼は一度もGBNに誘おうとはしなかった。なぜならヤマタツにとってGBNは、少年が宝物を抱き籠もる秘密基地のような、誰にも侵されたくない特別な領域だったからだ。
彼女にはそのことがたまらなく寂しかった。
星が綺麗な夜だった。
二人は週に一度行きつけにしているレストランで夕食を楽しんだ。顔なじみのシェフの腕が相変わらず見事だった一方で、彼女の様子がなにやらいつもと違っている。はにかんでいるようで、恥ずかしそうで、どこか悪戯げで。
「どうかしたの?」
ヤマタツはたずねた。
しばらく躊躇する間があったのち、彼女は思い切ってバッグからそれを取り出すと、掲げて見せた。
ガンプラ……?
「うまれてはじめて組み立てたから、上手じゃないと思うけど……」
彼女はヤマタツの表情をドキドキと、嬉しそうにのぞき込んで、
「わたしもあなたと一緒に、GBNにログインしたいな!」
「GBNにログインって──」
ヤマタツは思わず唖然と告げた。
「そんなガンプラで?」
「…………え?」
彼の身体の芯にカッと熱い憤りが込みあげてきた。確かに彼女のガンプラは組みも塗装も仕上げも目を覆うほどに拙かった。しかし、それが理由ではない。ヤマタツを憤怒させたのは、
「それ、『ガンプーラ』じゃん!」
「……え?」
「フェイクガンプラだよ!」
「……え? これ……偽物?」
「なんでそんなモン買ったんだよ!」
まわりの客が注目するのも忘れて、声を荒らげる。
「だって……ネットのお店、そんなこと全然──」
「そんなふざけたガンプラでGBNにログインしようっていうのかよ!」
きっと喜んでもらえると期待していた彼女は、戸惑いうろたえ、思わず、
「本物だろうと偽物だろうと、そんなのどっちだっていいじゃない!」
彼女にとっては単なる売り言葉に買い言葉だったのだろう。
しかしヤマタツには……ガンプラを、GBNを、心より愛する彼にとっては、決して許されざるひと言だった。
非道く罵った気がする、詳しくは憶えていない。ただ、ひとり帰る道の途中で見上げた夜空の星が綺麗で、綺麗すぎて、その輝きが心の真ん中に突き刺ささった痛みだけは忘れられないでいる。
あの夜以来、彼女から連絡はない。
自分もGBNに逃げ込んだままだ。
いまになってみれば、正しくなかったのは自分の方だったのだろうと理解できる。けれど、自分を憤らせたガンプラへの愛、GBNへの想いが間違っていたとは決して思わない。もちろん彼女も悪くない。すべては──
「……フェイクガンプラ……絶対に許さない……!」
決意をつぶやきにしたその時だった。
突然、まばゆい輝きが、彼を包み込んだ。
「つーか、なんなんだよあのクソキュベレイにクソ百式!」
「ほんとだよ、なんか知んないけどいきなり襲ってきたかと思ったら、勝手に帰ってくし!」
いつしか溜まり場と化したジムの自宅最上階のガンプラ・アトリエにて、留守の間にヴィオラが置いていったミントクッキーをつまむジムと、ポリポッドボールをいじっているボールの表情は、吐いている悪態とは対照的になにやらだらしなくニヤニヤしている。遊園地ディメンションでのガンプラ・デートをドタキャンした(と二人が勘違いしている)ノズとマーキーからついさっき、お詫びと共に再度のデートに誘うメッセージが届いたからだ。
「二四時間待ってたのに来なかったときは、正直やられたって思ったけど、牡蠣にビンゴして腹壊してたんじゃ、そりゃしょうがねぇよな」
「うん、のぞみん似とまゆゆん似のあんないい子たちが、訳もないのにドタキャンするわけないと思ったんだ」
「ま、結果オーライってヤツじゃね?」
「え? なんで?」
「なんでって──」
ジムはボールの手もとをのぞいた。
前の戦いで、180mmキャノンに代わってポリポッドボールに装着され、高らかにプチ・ルー・サウンドを奏であげた巨大スピーカーが、今は作業テーブルの片隅にしょんぼりうち捨てられている。
「あの子らに見られなくてよかったじゃん、試行錯誤の旅の途中」
しかし見れば、脱落したスピーカー以外にも、ポリポッドボールの脳天の座を虎視眈々と狙うメインウエポン候補は、まだまだあとに控えているようだ。
「まぁ、迷いの森からはまだまだ抜け出せなさそうだけどさ」
「そういえば」
ボールは、候補のパーツを愛機の脳天にあれこれ載せ替えている手をふと止めて、思い返した。
「あの百式のスナイパーライフルってさ──」
「めちゃくちゃ精度いいくせに、馬鹿みてぇなパワーだった、アレ?」
「そ、あのライフルのシルエット、どっかで見たような気がするんだよね」
時間を巻き戻そう。
コアなファン層からの濃厚なる声援のなかライブを終え、限りなくボッタクリに近いツーショット撮影をこなし、ハコの近所にある二四時間営業のチープな居酒屋で、愚痴を肴に打ち上げをはじめて──ノズとマーキーは気づけば、他のメンバーが全員ハケたあとも二人きり、まさに丸一日ぶっ続けで店の全種をチャンポンしてしまっていた(ちなみに二人は、他のメンバーがいない時には、決して互いを『のぞみん』『まゆゆん』とは呼び合わなかった)。
「ねぇ〜マーキー〜」
「…………ん…………?」
「な〜んか忘れてる気ぃ、しない?」
「…………エイヒレ…………?」
「でなくて〜〜」
「…………あん肝……………?」
「でもなくて〜〜〜」
懲りずにマーキーが牡蠣酢をコールしようとした……その時、
「あっ!」
二人は同時に叫ぶと顔を見合わせた。一瞬にして酔いが醒める。慌てて財布をひっくり返し会計を済ませると、全速力でガンダムベースに駆け込んだ。
「あいつらまだ遊園地ディメンションにいたりしないかな?」
「…………つーか、二四時間待ってたら、逆に怖ぇけど…………」
急ぎGBNにログインした二人を──突然、漆黒の光が包み込んだ。前に謎の声からゴールデン・ポリキャップを見つけるよう告げられた、あの時と同じ闇だ。
「黄金のポリキャップについて、なにか掴めたか?」
同じ声が問う。
「持ってる奴見つけた!」
「…………接触する段取りをつけた…………」
「よくやった。では、まずはそのポリキャップについて十二分な情報を入手しろ。いいな、くれぐれも力尽くで奪い取ったりはするな。急いては事をし損ずる……」
告げると闇は消え、ノズとマーキーは気づけばフォースネストであるペントハウスにいた。再び顔を見合わせ、大きく安堵の息を吐く。
「あいつらの関節、もいでなくてよかったぁ〜〜〜〜!」
「…………結果オーライ…………」
「だね、仕切り直しってやつ?」
二人は、ダムドとクラッシュで遊園地ディメンションに急ぎ戻る計画を改め、ガンプラ・デートに行けなかった詫びと再度のデートの誘いとを、頃合いを見計らってジムとボールにメッセージすることにした。
眩しいのに、目が閉じられない、目を閉じていないのに、なにも見えない。包まれたまばゆい輝きの中で、ヤマタツはその声を聞いた。
「このゴールデン・ポリキャップは、お前を正しき道に、導いてくれる……」
輝きが引いた。
気づけば彼の手にゴールデン・ポリキャップが握られていた。
向かうべき行先を問う様に、そっと胸に当てる。
数日後、それは完成した。ヤマタツの愛機であるMGガンダムアストレイが、道理と秩序の守護者としての使命を纏い、いま新たに立ち上がろうとしている。
「さぁはじめよう……我が唯一の盟友、ガンダムノイズキャンセラ……」
彼は決意した。このGBNに潜むであろうフェイクガンプラを……己と愛する者との絆を切り裂いたように、この愛しき世界を蝕もうと虎視眈々と時をうかがっている怨讐のノイズを、欠片のひとつも残ることなくあぶり出し、浄化せんことを。