「We Will Rock You 〜 やっつけちゃうだぴょん!! 〜」
ガンプラ女学園付属のスペース・グラウンドは、まるでローマ時代のコロセウム(円形闘技場)を思わせた。ロック学園長が、学園の規模が大きくなった際、手狭になった学舎=フォースネストを建て替えるついでに、自身にふさわしく耽美に造り直して欲しいと、某フォースネスト改装改築事務所に依頼したのだという。ジム江とボル美はピンときた。
「いい仕事するじゃない、シモダ(エピソード2を参照)」
シモダの事務所裏の倉庫にて謎のキュベレイに強襲され、ポリポッドボールはメインウェポンである180mmキャノンを失ってしまった。ボル美は、替わる新たなメインウェポンを、シモダから譲りうけたGHL‐TBAのモジュラーパーツをベースに作り上げようと試行錯誤している。しかし、今回のログインには間に合わなかった。故に今、コロセウムに立っているのはジム江のガンダムストームブリンガーと、ロックの──
「あれは、MGウイングガンダムゼロベースの、カスタムガンプラだぴょん……!」
その勇姿に、防護スクリーンに守られた観客席で見守るボル美は、思わず息を呑んだ。まわりの女子生徒たちから、うっとり溜め息にも似た声が漏れる。
「ジム江さんのガンプラ、目を奪われるほどに凜々しくて、圧倒されますわ!」
「ロック様の……EWバージョンの優艶でエレガントな翼を背負ったウイングゼロも、まさにコロセウムの芸術美を背負うにふさわしい天使のような壮麗さ!」
わくわくと行き交う声のなか、ボル美は表情を険しくして、
「しかも天使の翼にプラスして、メッサーツバーク8基にツインバスターライフル……」
モニターされ聞こえている観客席の声に、コクピットのジム江が、言葉を継いだ。
「こっちの方はまるで、悪魔の翼に見えるわね」
「故に……」
ロックも会話に加わる。
「我が愛する最強のしもべの名は『ウイングゼロルシファー』」
コクピットで不敵に笑むその表情が、コロセウムの巨大ビジョンに映し出されている。
「ウイングゼロルシファー……!」
ボル美は思わず繰り返した。
「そう、あらがうものすべてを業火で焼き払う、絶対の支配者」
ロックの目が薄く笑む。
「おあいにくさま」
巨大ビジョンにロックと並び映し出されているジム江の表情が、負けじとにやり笑みを浮かべた。
「支配者だろうがビッグマウスだろうが、ゴールデン・ポリキャップは頂戴するわ、学園のみんなの気持ちとともにね……見かけ倒しの堕天使さん」
「見かけ倒し?」
「それほどのデカぶつ……はたして私のストームブリンガーのマニューバに、ついて来れて!」
ジム江の手が、スラスター・レバーを一気に押し込む、一瞬のタイムラグをおいて、ストームブリンガーが、対峙するウイングゼロルシファーに向かってダッシュした。ライフルを構える、速射、三発、四発──その攻撃のすべてをウイングゼロルシファーは、容易くかわした。
「ええっ!」ジム江とボル美は同時に思わず声にした。
女子生徒たちが黄色い声を上げる。
皆の視線の先、ウイングゼロルシファーは、純白の翼を羽ばたかせ、必死にねらいを定めるストームブリンガーの攻撃を、ひらりひらりとかわし続ける。
「この翼はもちろん飾りではない、片翼に高出力ジェネレーター兼ブースターを二基ずつ、左右両翼で計四基」
かわしながらウイングゼロルシファーは、両肩のマシンキャノンでストームブリンガーを牽制しつつ、なにやら距離をつくった。
ボル美はいぶかしげに首をかしげた──まさか、バトルを長引かせて、勝機を探している?
ふと、ロックが不敵な笑みを深くした。
「そして、もうひとつの翼も……」
次の瞬間、ウイングゼロルシファーのメッサーツバークがいっせいに、爪を剥いた。
「やばっ……!」
反射的にボル美は、巨大ビジョンに映し出されているジム江に向かって、食い入るように大きく身を乗り出して叫んだ。
「バトルを長引かせるどころじゃない! 学園長は一気にカタをつけるつもりよジム江!」
同時に、8つの爪が、隠し持っていた砲口からいっせいに雷(いかずち)を放った。一面が凄まじい衝撃波をともない巨大な火球に包まれる、観客席を守っている防護スクリーンが、その威力におののくがごとくビリビリと震えた。
「ジム江!」
火球が失せるまで数十秒、いやそれ以上かかっただろうか。見ればメッサーツバークの凄絶なる力で大きくえぐられた地に、ストームブリンガーの姿はなかった。巨大スクリーンの映像も一時的に失われ、いまはジム江の代わりに虚しくノイズを映し出している。
「直撃……残骸すら残らなかったか」
ロックの心にふと、虚しさと心残りと、そして後悔が沸きあがった。すべてがあっけなく終わり、そしてようやく冷静に想ってみれば、たとえ真剣勝負のガンプラバトルだったとはいえ、相手は一度は見初めたひと。せめて面影を残すパーツのひとつくらいは残してやるべきだったか。一抹の懺悔の心を胸にウイングゼロルシファーが地に降り立とうとした──その時、いきなり地中からライフルのビームが襲いかかってきた。
「なにっ!」
咄嗟に飛翔し、再び距離を作る。
「ジム江!?」
ボル美は必死に目を凝らした。視線の先の地面、その地中の奥から、ストームブリンガーが姿を現す。
「メッサーツバークが着弾する寸前に、ライフルで地に待避壕を掘って、その中に隠れたのね……さすがだぴょんジム江!」
「せっかく手に入れたエンジョイ女学園パーリィライフ、簡単に手放してたまるもんですか!」
巨大スクリーンに映像が戻ってきた。ピンチを乗り越え勝ち誇ったジム江の表情が映し出される──いや、ジムの!?
観客席の空気が凍りついた、そして……ちょっと……やだ……うそでしょ……全女子生徒たちが、いっせいにドン引く。
「ヤバッ! さっきのウイングゼロルシファーの攻撃の衝撃で……ジム江のアバター・ヅラ・アイテムが!」
慌ててジムに伝えようとしたボル美は──いや、ボールは、ようやく、唖然と批難と軽蔑のまなざしが、自分にも向けられていることに気づいた。
「ボル美さんまで……そのお姿……!?」
ボールもまた、防護スクリーン越しに襲いかかったメッサーツバークの攻撃の衝撃に、ヅラというジェンダーの鎧を吹き飛ばされていた。
「え!? あ! いや! その……!」
「つまりお二人とも……なんちゃって女子だったってわけ!?」
「や、ち、ちがうニャン!、これには深い理由があるんだぴょん!」
「どのツラ下げでニャンじゃぴょんじゃ!」
大騒乱のなか、鳩が豆鉄砲を食らったかのように最大のインパクトを食らっていたのはロックだった。なにせ彼は、いまは目前のストームブリンガーのコクピットでうっすら青ひげ生やさんとしているガッチガチの男子に、一目惚れの気持ちを告ろうとしかけたのだから。
「我が純潔の心をもてあそぶとは……ゆるすまじ!」
ウイングゼロルシファーが、天の頂をめざし一気に舞いあがった。ゼロ距離戦を挑もうとストームブリンガーが追おうとする。しかし──
「嘘だろ! 駆動系死んでるってマジか!」
ジムはいましましげに舌をうった。先ほど食らった激しい攻撃に、さすがに無傷というわけにはいかなかったらしい。咄嗟にライフルを上空に構え、連射する。
しかしそれをウイングゼロルシファーは、今度も凄まじいマニューバでかわしつつ天に駆け昇ると、冷却の終わったメッサーツバーク8基と、加えて、左右の腰にマウントしてあるバスターライフルとを、身動きできないストームブリンガーに向けた。
「待った待った待ったぁ!」
身動きとれない機体を再始動させようと懸命のジムに代わって、ボールが叫ぶ。
「あんなのぶっ放されたらストームブリンガーどころか、コロセウム丸ごと全部ぶっ飛ぶって!」
しかし、憎悪に飲まれ、取り込まれてしまったロックに、ボールの叫びは届かない。
「すべて押しつぶされてしまえ、我を切り刻んだ痛みに……苦しみに…………ジェノサイドォ・テンフォルドバスタァァァァァー!」
グリップを握るロックの右手の親指が、トリガー・スイッチを押し込もうとした──その時、突然、まばゆい輝きが彼を、彼のウイングゼロルシファーを、大きく包み込んだ。
眩しくて、なにも見えない。けれど、目を閉じたくはない。惹きつけられるように必死にまなこをあけて、ロックは見上げた。その輝きが差し込む方角を、未来を、これは……おなじだ、黄金のポリキャップを授かった、あの時と。
声が聞こえた──もう、わかっているではないか、だから、託していいんだ、お前が得たものの、欠片とともに──
ジムには、ボールには、女子生徒たちには、その輝きは、ウイングゼロルシファーから発せられているように見えた。見上げていた機体がゆっくりと地に降り立ち、輝きが失せると、その足もとにロックは立っていた。彼は、対峙しているストームブリンガーを見据え、告げた。
「……ありがとう……おかげでまた、出会うことができた」
学舎に戻るとロックは、ジムとボールに、ゴールデン・ポリキャップを差しだした。
「え? なんで?」
ジムはボールと戸惑う顔を見合わせ、
「オレら、なんかメチャクチャやったし、それに、あのままバトル続いてたら、ぜってぇ負けてたし──」
「これはお礼です」ロックは穏やかに言った。
「お礼?」ボールは聞き返した。
「二人がきっかけをくれたおかげで、思い出すことができました。自分がなぜ、この学園を生みだしたのか……それは、ガンプラを愛していたから、ガンプラの素晴らしさを、伝えようと願ったから」
言うとロックは、躊躇しさまよっていたジムの手を取り、ゴールデン・ポリキャップを握らせた。
「まぁ、くれるっつうんだったら、無理には断らないけど」
「っていうか──」
ボールは、何やら申し訳なさそうに頭を掻きながら、ジムを見た。
「僕たちなんだかいっつも、こんな感じでなんとなくゴールデン・ポリキャップ、もらってるよね」
「だな」
「いつも?」
訪ねたロックに、ジムはうやむやと、
「まぁ、いろいろとあってさ……」
「そうですか」
ふとロックは、輝きの中で聞こえた声を思い返した──託していいんだ、お前が得たものの、欠片とともに──
「ひょっとすると、ゴールデン・ポリキャップの方が、お二人を求めているのかもしれませんね」
ロックの言葉にジムは「?」となる。
「けど──」と、ボールは念を押すように、
「そういえば正門のところに、ゴールデン・ポリキャップの像が飾ってあったよね……学園のシンボルなんじゃないの? そんなの本当にもらっても?」
「かまいません」
ロックは、正門の方を向いた。
「もう、迷うことはありませんから」
ジムとボールも見向けば、そこに、女子生徒たちが、ある者はニッパーを手に、ある者はデザインナイフを手に集い、皆、温かい目でロックを見つめている。
そんな学園を、どこまでもひろがる青空が見下ろしている。それはまるで爽やかな春のような一ページ……たったひとつ、彼女たちの正体が、実は皆、ジム江やボル美と同じく、なんちゃって女子生徒だという事実をのぞけば。