「Girls Girls Girls 〜 ムフフ ムフフ ムフフ 〜」
「っんだよゴールデン・ポリキャップ! 逆ナンのエサになるとかって役に立つじゃん! 超優秀じゃん!」
渾身の魂を込めガッツポーズの拳を握るジムの隣で、ボールは両手を高らかに掲げ天を仰いで、
「ごめんなさい! アクセサリーにでも加工してやろうかなんて言って!」
星の裏側だかドコ側だかで闇金型マフィアたちが恐れおののく二人組は、彼らのことなど露も忘れ、こうしてアイドルばりの美少女(GBNの外では実際にアイドルであるわけだが)からガンプラ・デートの誘いを受けた幸運に、生きているという実感とその喜びを噛みしめていた。
「ショートボブの子がノズちゃん、黒髪ロングがマーキーちゃん、か……」
ボールは、ノズが去り際に「大切なことをお伝えし忘れていました!」と、わざわざ駆け足で二人のもとに戻り、相互リンクしてくれたプロフのウィンドウを(もちろんこれも彼女のあざとい演出だ)、目前の空中に開いて見返した。
「健気でいい子だな……ノズちゃん」
「マーキーちゃんだって。オレ、あんまり喋るの得意じゃなくて、一歩引いたところから見てる子とかって、なにげにそそられるつーか」
駆け戻って来たノズの遠いうしろで、はにかむようにこちらを見ていたマーキーを、ジムはしみじみ思い返した。
「ヴィオラもあんなふうにおとなしかったら……」
フィアンセである従姉妹を重ね、ぼそりと洩らす。
「だれ?」
「誰でもねぇし……てか、プロフで連絡先教わったんだし、なんかお礼的なメッセージとか送っといた方がザ・ジェントルマンなんじゃね?」
「気が利くじゃんジム!」
さっそくメッセージウインドウを開いてメッセージを打ち込もうとしたボールは、ふと、
「そういえばさ──」
と、指をとめた。
「ノズちゃんの声、どっかで聞いたような気がすんだよね」
「だからアレだろ? 甘口中辛辛口に似てるんだろ?」
「カレー・ルーじゃなくてプチ・ルー! ……じゃなくてさ、それとは別件のどっかで……」
じゃあ明日、会えるのをとっても楽しみにしてるね──フォースネストであるペントハウスのリビングで、あぐらをかいてソファに座り、目前のメッセージウインドウにフリック入力するノズの表情は、ヘドが出そうなほどにうんざりしていた。マーキーにいたっては、もはや熱を出し寝込んでいる。
GBN内に数カ所ある遊園地ディメンションのうち、もっとも早く貸し切れるものでも、数日は待たねばならなかった。しかも少なからぬフォースポイントを割り増ししてでもだ。いや、ポイントならこれまでカツアゲした分が腐るほどある。悩みの種は、例の二人組から届くメッセージである。
日に一〇〇〇通は送られてくる。
とにかく黄金のポリキャップを手に入れるまでは、彼らの機嫌を損ねないようにしないとならない。はじめはノズとマーキーの二人で手分けして気を引くレスを返していたが、普段でもマネージャーからの重要な用件メールに対し十件に一件返信すれば上出来のマーキーに、この苦行はあまりに重荷すぎた。
「…………暇人が。クソキショいわこいつら……ブッコロ。…………」
マーキーのうわごとを聞きつつ、ノズは、
「黄金のポリキャップを手に入れるまでのがまん……黄金のポリキャップを手に入れるまでのがまん……」
自らにつぶやき言い聞かせながら、ウィンドウを叩きつけるように、返信の末尾にハートマークを打ち込んだ。
観覧車にジェットコースター、メリーゴーラウンドにコーヒーカップ、カラフルポップでかわいいアトラクションやアクティビティのすべてが圧巻のモビルスーツサイズ。
「すっげぇ眺めだな!」
圧倒され息を飲むジムの一方で、ボールは不思議そうに、
「けど、なんか、僕たちのほかに客が誰もいないんだけど、この遊園地ディメンション」
「超ラッキーじゃん! その方が四人デートの邪魔入んないし、なんなら周りの目気にしないで、ムフフなアレとかウホホなソレとかし放題……つーかボール、マジそいつで来たんだ?」
ジムが言う「そいつ」とは、ポリポッドボールのことだ。
以前、シモダのフォースネストの倉庫前で、謎のキュベレイにより180mmキャノンを破壊されたボールの愛機。ストームブリンガーと並び立つその機体の脳天にはいま、メインウェポンに替わって巨大なスピーカーがひとつ、堂々と鎮座している。
「180mmを失ってしばらくの間は、自分の身を切られたみたいに打ちひしがれたけど──」
「がれてたか?」
かまわずボールは続ける。
「いまは、自分なりの新しいバトルの形を試行錯誤する、そんな貴重な時間を与えてもらったんだって、そう受け止めてる」
「新しすぎっつーか、試行に対し錯誤の割合多くね?」
「確かにまだ迷い旅の途中ではあるってのは認めるけどね、それでもある意味、ひとつの完成形には到達できたんじゃないかなって思ってる」
「なんだかよくわかんねぇけどちょっと離れてくんない? ノズちゃんとマーキーちゃんに同類だと思われたくないから」
と言いつつストームブリンガーがポリポッドボールから一歩離れた──その時、ジムは、何かが近づく気配を感じた、
「マーキーちゃん! ノズちゃん! すげぇゴキゲンな遊園地じゃん!」
そう告げようと振り返った先に二人はおらず、代わりに、
「っ!」
凄まじい出力のビームが、まさに間一髪、一歩移動する直前のストームブリンガーの立ち位置を貫き、一直線に飛びすぎた。
「……んだぁ?」
ジムは唖然と声を洩らした。
更なる気配、今度はボールが上空を見上げた。そこにいたのは、
「キュベレイ!?」
ボールが叫ばんとしたところはシモダのフォースネストの倉庫前で、ポリポッドボールの180mmを引きちぎった、あのキュベレイ!
ポリポッドボールと、そしてストームブリンガーは反射的に飛びよけた。そこへ間一髪キュベレイが降り立ち、その巨大な爪で地面をえぐる。
二人と対峙したキュベレイの──キュベレイダムドのコクピットでは、ジムやボール同様、ノズも驚いていた、二つの事に。
「こいつ……クズムシ!? あの時の!?」
そしてもうひとつは、
「……マーキーが、外した……?」
互いが唖然と向かい合うなか、ふとボールは気づいた。
「さっきのビームの射線……キュベレイが来た上空からじゃなかった……」
慌て、ジムに告げる。
「もう一機いる!」
「なっ!?」
ジムとボールは咄嗟に再度、はねるように位置を変えた。
次の瞬間、ビームがかすめ過ぎる。
遊園地よりはるか離れたアトラクション建設用の資材置き場にて、お決まりの膝撃ち姿勢でスナイパーライフルを構えている百式クラッシュ、そのコクピットでマーキーは小さく舌を打った。彼女も微かに動揺している、気持ちの揺らぎが狙撃の精度に出る。
本来なら一撃目で獲物の足を止め、ダムドがその爪でとっとと肢体をもぎ取り、関節にあるであろう黄金のポリキャップを奪う手はずだった。
一刻も早く事を済ませたかった、なぜなら──
「なんだよおまえら!」
そのとき、クラッシュの、そしてダムドのコクピットに、ジムの声が飛び込んできた。
「オレらのデートパーリィの邪魔すんなよ!」
悪態のひとつも叩きつけようとしていたノズはハッとした。
「そっか……こいつら、わたしらの正体に、気づいてないんだ……!」
ノズは、オープンにしかけたラジオ(交信回線)を慌ててフォースクローズ(フォース専用回線)に戻すと、
「クズムシは後回しでいい! やっかいそうなガンダムから潰す!」
「…………わかった…………」
マーキーはひとつ大きく深呼吸すると、再度スナイパーライフルの狙いを定め直し、トリガーボタンを押した、発砲。
その照準はいっそう研ぎ澄まされ、出力も変わらず強力だったが、
「なんなんだよお前ら! オレらのムフフとかウフフとかの邪魔すんなよな!」
そんなジムのパーリィに対する執念は、マーキーの狙撃の腕を紙一重で凌駕した。狙われれば凄まじいマニューバでメリーゴーランドに身を隠し、それをライフルのビームが破壊すれば、今度はコーヒーカップの陰に身を移す。
その動きを止めようと、ダムドがストームブリンガーの行く手を遮ろうとすれば、ポリポッドボールがその動きを牽制する──ジムに負けず劣らず、ボールのパーリィ魂が、
「僕らはぜったいにノズちゃんやマーキーちゃん達と、あんなことしたりこんなことされたりするんだ!」
その情熱が、ポリポッドボールの機動に憑依する。
マーキーはいっそう口元を固く結び、ノズは垂れ流す毒が濃くなっていく。
「こいつらなんなの! ゲロ吐きそうなんだけど!」
それでも、クラッシュの激しい狙撃に、ダムドの鋭い爪に、遮蔽物という遮蔽物はみるみるうちに身を隠すに値しないほどに朽ち、反撃する暇も与えられず、遂には、
「もうあのテーマアトラクションのドームしか身を隠せるトコ残ってない!」
「しょうがねぇ! 突っ込むぞボール!」
「逃げ場なくすかも!」
「だからってこうしてたところで、いつかは焼かれっか切り裂かれっかのどっちかだ! シチュエーション変えりゃ流れも変わっかも!」
「わかった!」
目指すドームに突入してゆくストームブリンガーとポリポッドボールの姿に、マーキーは、そしてノズは、ようやくニンマリと余裕の笑みを取り戻した。
「そうね、流れが変わる……これでやっと」
逃げ込んできたジムとボールは圧倒された。ドーム内に広がっていたのはファンシー&キュートなお菓子をテーマにしたアトラクションだった。パステルピンクを基調としたなかに、カラフル満開のキャンディーやマカロンたち、加えて遊園地のマスコットキャラがモニュメントとなって、一帯の地面を覆いつくしている。
ダムドがやってくる。
咄嗟にストームブリンガーが構えたライフルを、飛び来たビームがはじき飛ばした。加勢に急行したクラッシュだ。
もはやジムとボールは万事休す。
そしてノズとマーキーは勝利を確信した。
「うふ、うふふ……」
ノズは愉快そうに笑い出した。
マーキーも吊られて、
「…………はは、あははは…………」
ダムドとクラッシュが、思わずといった様子でダンスをはじめた。
まさにその絵は狩りの獲物を前にした狂気の宴。
「うふふっ! うふっ! うふふふふっ!」
「…………あははっ、あはっ、あはははっ、あはははっ………!」
その時、どこからか、それは聞こえてきた。
ノズとマーキーはハッとした。
「ボール?」
ジムは驚き、いぶかしげにポリポッドボールを見た。その歌は、ポリポッドボールの脳天に鎮座する巨大なスピーカーから発せられていた。ボールのモスト・フェイバリット、プチ・ルーの代表曲、そして──
ノズとマーキーは、いつしか笑い声を飲み込み固まっている。
「僕はあきらめない」
ボールは必死に告げた。
「大好きなこの歌が……ののみんや、まゆゆんたちが、僕に教えてくれているみたいに……なにがあってもノズちゃんやマーキーちゃんと一緒に、ガンプラ・デートをエンジョイするんだ!」
「ボール……!」
ジムは大いに感銘を受け、そして──
「…………ノズ、大事なこと、忘れてた…………!」
「……うん……急いで、戻んなきゃ!」
なにやらあたふたと交わされた二人のやりとりは、ジムとボールには聞こえない。突然ダムドとクラッシュが踵を返し去って行った。アトラクションドームの外から、スラスターを最大に吹かす音か聞こえる、それが遠くへ消えていく。
ジムとボールはそれぞれの愛機のコクピットから、きょとんと顔を見合わせた。
「遅いってのぞみん! まゆゆん!」
「あんたたちがいないライブなんて、お客さん暴動起こすしー!」
ハラハラと待ち構えていたプチ・ルーのメンバー達に向け、二人は小さく舌を出して、
「…………ごめん…………」
「すぐにメイクして着替えるから!」
「メイクはいいから! 急げよ!」
マネージャーは激怒している。「はーい!」と素直に返事を返すが、それも黄金に輝くポリキャップを手に入れるまでの辛抱──小さく肩をすくめ合い視線を交わすと、急ぎ、赤ずきんをモチーフにしたステージ衣装に身を包む。
客席から楽屋内に、開演を待ちわびるファンたちの声援が漏れ聞こえている。
のぞみんを呼んでいる、まゆゆんを待っている。
二人はふと、ボールの叫びを思い出した。
あれからどれだけの時間が経っただろう。破壊されつくし、もはや遊園地の体を成していない広大な廃墟に、それでもジムとボールはいまも立ち尽くしている。
「遅いな……ノズちゃんとマーキーちゃん……」
「だね……」