「Imagine 〜 想造 〜」
それは星の裏側か、それともあるいは手が届くほど近くかも……この世界をフェイク・ガンプラで牛耳ろうともくろむ一大闇金型マフィアの本拠地、青空を貫き天高くそびえる超高層建築最上階のひとの気ないモデリング・ラボで、シューンはひとり、ガンプラにフィニッシュを施しながら、溜め息のように呟いた。
「例の地下アイドルバンドの二人と連絡がとれなくなってすでに一週間……現在のところ、こちらの邪魔をする気配はないようだが……」
いまでこそ、組織のナンバーツーであるアンダーボスの座にまで登りつめた彼だが、もともとは学校にも行かず朝から晩までガンプラ作りに夢中になり、いつしか世の流れからドロップアウト、気づけば行き場のないチンピラにまで落ちぶれていた彼を拾いあげ、ここまでに育て上げてくれた組織の首領──ドンに、シューンはなんとしてでも恩返しがしたかった。ドンの宿願である組織の世界支配が現実のものとなるよう、なんとしてでも力添えしたかった。その足がかりとしてまずはGBNを掌握し、ワールドワイドに繋がる広大なネットワークを踏み台に利用しようと計画したのだが、
「黄金に輝くポリキャップの情報を、なんとしても入手せねば……」
かつて、彼らの世界支配陰謀の漏洩を防ぐ目的で発動させたスーパー・ウルトラ・サイバー介入を(エピソード0のラストで、ジムとボールをGBNからログアウトできないようにしようとしたアレだ)、いともたやすく打ち破った謎のポリキャップ。その秘密を手に入れ、逆に利用することができれば、あるいは我々がこの星の頂点に君臨するための大いなる力となるかもしれない。
加えて、連絡を絶った二人についてもなんらかの対策が必要だろう。再度懐柔するか、難しいようなら口を封じなければ。例えそれが虫二匹通れるほどの小さな穴だったとしても、軽んじて放っておけば次第に亀裂が広がり、やがては巨大なダムも決壊するというものだ。
「こちらからの接触をブロックしている彼女たちと、強制的にコネクトするためにも……どうやら私が直接乗り込まねばならないようだな……GBNに……」
隙のない彼の目が、手にしたガンプラに見事に追加されたパネルラインの仕上がりを、鋭く念入りに確認する。
その名はジオング・スペクトラ。
亡霊の名を冠した、白亜の巨人。
ふと彼の心の中に記憶のそよ風が吹き抜けた。それは、いまは亡き両親に初めてのガンプラ『MGジオング』を買ってもらった時の思い出。無我夢中で箱を開け、ビニールを破る……一心不乱にトリセツと向かい合い、無心でニッパーを握った、至福の時間……。
「ガンプーラで乗り込むべきでは?」
掛けられた声に、シューンはハッと振り向いた。
いつしか背後に、仕立てのいいグレースーツを身にまとった男がひとり立っている。組織の幹部(カポ・レジーム)の中でもシューンと並ぶ実力を持ったカポ──シューンが座るアンダーボスの座を虎視眈々と狙うヤサ男。
「不本意だが仕方あるまい、こちらの正体が明かされないよう、リスクは最小限に抑える必要がある」
静かに告げるシューンに、ヤサ男は「なるほど……」と含みのある笑みを向ける。
構わずシューンは、完成したジオング・スペクトラを手に立ちあがった。
「いまこそ闇と光とがその役割をただす時、我らが宿願の成就に、御力を添えたまえ、ガンプーラ」
小声で宣誓すると、モデリング・ラボを後にする。
「ガンプーラ」
ヤサ男は宣誓を返すと、シューンの背中を冷ややかに見つめた。
「お飲み物のお代わり、お持ちいたしましょうか!」
GBN内のいつものガンプラファミレスのボックス席で、御用聞きのごとく腰を低くして媚びへつらうボールに、ノズとマーキーはふんぞり返って、
「お、気が利くじゃん。じゃ、わたしオレンジジュースとコーラ、ミックスして持ってきて」
「…………コンソメスープ…………」
「ただちに!」
弾けるように立ち上がりドリンクバーへ急ごうとするボールを、ジムは「ちょっと待てって」と、呆れて呼び止めた。
「なにヘラヘラしてんだよ。オレら、この二人にずっと騙されてたんだぞ?」
テーブルの向かいでペロと舌を出してみせるノズと、表情変えないマーキーを睨みつける。けれどボールは嬉しそうに、
「プチ・ルーの二人にだったら、騙されて本望!」
足どりウキウキと立ち去っていく。
「じゃ、ついでにオレのレモンスカッシュも」
「ジムは自分で取りに来て! そんなにいっぺんに持てないから!」
「……ったく」
「って言うか──」
ノズは、カラになったグラスから大きめの氷をひとつ摘まみ、口の中に放り込むと、
「マジでホントにわかんないの? 最後のゴールデン・ポリキャップ持ってるレジェンドガンプラのモデラーが誰なのか」
ガリッとかみ砕く。
「知らねぇって言ってるだろ? いままでの6個だって、たまたま6人のレジェンドと出会ってガチ偶然手に入ったんだから」
そう言うとジムは、レモンスカッシュのグラスをあおり、ノズと対抗するように残っていた氷を全部口いっぱいに流し込んで、
「ももごもご、ももごっもももごもごももごっもごももごもごもご、ももごもごもごもごもご?(そっちこそ、ポリキャップの情報盗めって言われたヤツから、なにも聞いてねぇのかよ?)」
「なに言ってるのかまったくわかんないんだケド」
眉しかめるノズの一方で、
「…………あたしたちも、詳しいこと、なんにも聞いてない…………」
「聞き取れるんだ!?」「ももごもごもごも!?(聞き取れんのかよっ!?)」
同時に驚いた二人に、マーキーがギャルピースを向ける。そんなテーブルにボールが、オレンジジュース&コーラとコンソメスープを手に戻って来て、
「じゃ、ノズちゃんとマーキーちゃんは、ゴールデン・ポリキャップが全部集まったらどうなるかも知らないの?」
「そっちこそソレ知らないなんて、驚愕を通り越してもはや唖然だし」
深くため息吐くと、ノズはお代わりのグラスにストローを刺し、何色か表現しづらい液体をチューと一口飲んだ。
「ま、オレ的には、きっと超ゴキゲンで盛大なパーリィが始まるに違いねぇって期待してんだけど」
口の中の氷をようやくかみ砕きニンマリするジムに、ノズは「まったく……」と、哀れな目を向けた。
「どうせ期待するならもっとデカい夢、抱きなさいよ」
「夢ってどんな?」
ボールはわくわくと問うた。
「そうね──」ノズは、顎にちょんと人差し指をあてて思案すると、「たとえばわたしとマーキーがプチ・ルー卒業して、念願だったバンドデビューさせてもらえる、みたいな? ま、これってわたしらがゴールデン・ポリキャップの情報と引き替えにもらえる報酬のハズだったんだけど」
見れば、ボールの表情が一転、絶望の淵に暗く落ち込んでいる。
「大丈夫だから! 辞めないって決めたからプチ・ルー!」
マーキーもブンブンと首を縦に振る。
「それってつまり、ゴールデン・ポリキャップが7つ全部集まったら、好きな望みがかなうって事か?」
ジムはノズに向かって興味津々と身を乗りだした。
「もちろんそうだって決まったってわけじゃないけど……どうせ期待すんならそれくらいの夢、抱きなさいよってハナシ」
「夢ねぇ」
「だったら、僕はもう叶ったかな!」
なにやら頬を染めるボールを、皆が「?」と見る。
「だって、こうしてプチ・ルーの二人とプライベートで喋ってる、なんてさ!」
「はいはいはい……」
もはや呆れを通り越し同情を声にするジムの一方で、ノズは、くすぐったそうに困り顔で表情を緩めた、そして、
「…………ありがとう」
手もとのグラスに視線を落とし、そっとこぼした声は、まるで初めて出会った時の、お淑やかだった彼女を想わせ──目を丸くして見つめるボールとジムの視線から逃げるように、ノズは慌てて隣のマーキーの方を向いて、
「マ、マーキーは!? 望みがかなうとしたら何をお願いしたい!?」
「…………温泉旅行…………」
その翌日、ラグランジュポイント2『アー・バオア・クー』ディメンションに、ノズのキュベレイダムドとマーキーの百式壊(クラッシュ)の姿があった。
「…………でも驚いた…………」
クラッシュのコクピットでマーキーは、交信ウィンドウの中から「?」と自分を見るノズに微笑みを向けた。
「…………ノズの方から二人に、フォースバトルやらないかなんて、申し出るなんて…………」
「自分自身驚いてる」
ノズもダムドのコクピットで、交信ウィンドウのマーキーに微笑みを返す。
「なんか自然と口から出てた。あの二人見てたら……自分っていままで、なんでもかんでも、あれこれ難しく考えすぎてたのかもしんないなぁって。意味もなく思い悩んでる自分がなんだか馬鹿らしく思えてきてさ……好きなこと、好きなように、やりたいこと、やりたいようにすれば、いいのかも……って」
浮かべた笑みを噛みしめる。
「…………おんなじだ…………」
ノズの表情が「え?」と問う。
「…………あたしもあの時、自然と言ってた……温泉旅行って…………」
一瞬驚いたのち、ノズは、思わずクスクスと、
「いいんじゃない? 温泉行って羽伸ばすの、わたしも思いっきし大賛成だし、ボールだってわたしらと温泉なんてまさに夢だーとか、びっくりするくらい盛り上がってたし」
「…………ジムだけはブツクサ文句言ってたけど…………」
マーキーも笑い出す。二人は交信ウィンドウ越しに顔を見合わせると、嬉しそうに大きな笑い声を重ねた──その時だった、突然、キュベレイダムドと百式クラッシュを、闇の光とも思える漆黒が包み込んだ。
ハッと息を飲んだノズとマーキーに、聞き覚えのある声が届く。
「我々との契約はどうした?」
ノズは、姿の見えない相手を、それでも強く見据えると、
「わたしたちは降りる」
きっぱりと言った。
「わたしとマーキーは、これからもプチ・ルーで歌い続ける。わたしたちを待っていてくれるファンの為に、笑顔を届け続ける」
マーキーも、ノズと心をひとつに漆黒を睨みつける。
「…………バンドデビューの必要はない、だから、あたしたちにはもう、構わないで欲しい…………」
「翻意することはないか?」
「…………この気持ちは、絶対に変わらない…………」
一瞬の沈黙ののち、
「そうか……とても残念だ」
次第に辺りの漆黒が失せ、満天の星のまたたきが戻り──キュベレイダムドと百式クラッシュの目の前、連邦対ジオンの激戦跡を摸したあまたの残骸漂う宇宙空間の中に、そのガンプラは姿を現した。
マーキーは息を飲み、ノズは思わず声を漏らした。
「白い……ジオング……!」
「では君たちには、このGBNから永久に消えてもらわねばならない、我々の宿願成就への道を、邪魔だてしないよう」
ジオング・スペクトラのコクピットで、シューンは無表情を氷塊のように凍らせた。
「二度とログインできない様、我が組織が開発したスーパー・ウルトラ・サイバー・ウェポンにて撃破させてもらう」
「邪魔なんてしない! だからもう放っておいて!」
ノズは思わず願い叫んだ。
しかしシューンは、その眼をいっそう冷たくとがらせ、
「もし私が黄金のポリキャップを──そうそう君たちは、ゴールデン・ポリキャップと呼んでいたね。それを、あの二人から奪い取ると言っても、邪魔をしないと?」
ノズとマーキーの心臓が、ひとつドクンと打った。
「気づかなかったようだな、私があのファミレスの、隣の席にいたことを」
「だったら、話は違ってくるかも……」
二人の表情に、かつて見た狂気が戻ってくる。
「ジムとボールには指一本触れさせない……もしそのクソきたねぇ手で汚したら……ぶっ潰す!」
ジムのガンダムストームブリンガーと、ボールのポリポッドボールが『アー・バオア・クー』ディメンションに到着したのは、ノズたちとの待ち合わせ時間を大きく過ぎたあとだった。
「着てく服に迷って遅れるとかって、少女漫画のドジッ子ヒロインかっつーの」
ストームブリンガーのコクピットでジムは、呆れて、
「って言うか、GBNにログインしたらいつもと変わんねぇダイバーコスチュームなんだから、意味なくね?」
「気持ちの問題だし!」
ジムはポリポッドボールのコクピットで言い訳するように必死に言いつつ、不安げに辺りを見回した──見えるのは連邦とジオン、双方のモビルスーツや戦闘艦艇の残骸だけ、ノズとマーキーのガンプラの姿はない。
「マーキーちゃんの百式は、もしかしたらどっかに隠れてGHL-スナイパーライフル構えてるのかもしれないけど、ノズちゃんのキュベレイまでいないってのは……」
「やっぱ、帰っちゃったんじゃね?」
「ええええーっ!」
ボールの悲壮な叫びに交信が思いきりハウリングした──その時、
「ジム……ボール……」
「ノズちゃん!」
届いた声に、ボールはホッと安堵をもらすと、
「待たせちゃってごめん! 今日みたいな大事な日のためにって大切にしまっておいた勝負シャツをさ、いつの間にか母親が、妹たちが学校で使う雑巾に縫い直しちゃってて──」
「ちょっと待った!」
ジムはふと、彼女の声の様子がどこかおかしいこと気づいた。激しいノイズに混じり、途切れ途切れに──
「二人とも、来ちゃ駄目……」
「え……?」
ボールも異変を察知する、どこから声が届いているのか? キュベレイダムドと百式クラッシュを探し、再度辺りに目を凝らしたジムとボールは、ハッと驚愕に目を丸くした。
激戦跡のモビルスーツの物だとばかり思っていた残骸の中に、肢体をもがれズダボロになったダムドとクラッシュが漂っている。
「ノズちゃん!? マーキーちゃん!?」
「何があった!?」
慌てて近づこうとしたストームブリンガーとポリポッドボールの鼻面を、いきなり、メガ粒子砲のエネルギービームがかすめた。間一髪で制動をかける。
「んだぁ!?」
ジムと、そしてボールは、ビームが放たれた方を見向いた。
シューンのジオング・スペクトラが、轟沈したムサイ級の残骸の影から、ゆっくりと白亜の姿を現す。
二人は息を飲んだ、突然正体不明のガンプラが現れたことにも無論驚いたが、にも増して、そのジオングの完成度の高さに、二人は目を奪われた。
「なんて緻密なスジボリだよ……」
ジムは圧倒され、ボールは必死に脳内のエアトリセツをめくって、
「しかも、あの外装の改修……他のガンプラとのミキシングじゃない、プラ板とパテを使った自作だ……」
魅入るように目をみはる二人のコクピットに、シューンの落ち着いた声が届く。
「ゴールデン・ポリキャップを渡してもらおう」
ジムとボールはハッと緊張に身をこわばらせた。
「ひょっとしてあんた……ポリキャップの情報盗んで来いってノズとマーキーそそのかしたヤツ?」
「もし大人しく譲ってくれれば、あのキュベレイや百式の様にはしない。それなりの報酬も支払おう」
「え! 報酬!?」ボールは冗談めかして応えると、「なぁんて、残念だけど僕ら、そういうの間に合ってるんで……だよねジム?」
「お前が言うのもどうかと思うけど、まぁ、事実ってヤツ? それに、ノズとマーキー、あんな目にあわせた相手じゃな、どんなに好条件提示されたところで、首たてに振るわけには……いかねぇってヤツ!」
言うが早いか、ストームブリンガーは、ジオング・スペクトラに突進した。G.H.L‐M.A.D GUNとビームライフルを両手に構えロックオン、ジムがトリガーボタンを押そうとした──その直前のことだった、ジオング・スペクトラの肩のドアが開き、新たなスラスターが姿を現した。
「なっ!?」
「追加のスラスター!?」
驚くジムとボールの目の前で、ジオング・スペクトラは凄まじいマニューバを披露すると、ストームブリンガーから放たれた二本のビームを巧みにかわした。
「ならこっちも!」
ボールは表情に気合を入れた。ボールのポリポッドボールも、カスタムパーツとして装備した多脚をカウンターウェイトとし、その反作用を利用することで、宇宙空間で機動性が大きく増す。
「ストームブリンガーと挟み撃ちにすれば!」
その時コクピットに、ノイズまみれのマーキーの声が飛び込んできた。
「…………油断は駄目、そいつは怪しい術を使う…………!」
「え?」
次の瞬間、ジオング・スペクトラから闇色の波動が一帯に放たれ広がったかと思うと、ポリポッドボールとストームブリンガーを包み込んだ、すると──
「なんだ!?」
ポリポッドボールが突然、機能を停止した。コクピットのコンソール計器が次々に沈黙する。慌てて再起動しようとするが、うんともすんとも反応がない。
「どうなってんだよ!」
そして、いまや単なる動かぬ的と化してしまったポリポッドボールの多脚を、頭部にメインウェポンとして装着したG.H.L‐M.A.D GUNを、ジオング・スペクトラの手の指から発せられたメガ粒子砲が粉砕した。
そんな無残な光景を前に、シューンは微かに表情をゆがめた。出来る事なら誰を傷つけることもなく、ゴールデン・ポリキャップを手に入れたかった。それでも、ドンに恩返しをするためなら……彼は心を鬼にし、表情を再び氷の様に冷たく鋭く尖らせると、メガ粒子砲の矛先を、ポリポッドボール同様、機能停止したであろうジムのストームブリンガーに向けて──
「……なん、だとぉ!」
思わず驚愕の声をあげた。
見れば、ストームブリンガーは機能を停止するどころか、ライフルとG.H.L‐M.A.D GUNを放ちながら、凄まじいマニューバでジオング・スペクトラに向かってくる。シューンは咄嗟の機動でストームブリンガーの攻撃をかわすと、威嚇のメガ粒子砲を連射しつつ、懸命に距離を作った。
「なぜ機能停止しない!?」
そしてようやく気づいた、ストームブリンガーの全身が、ほのかな輝きに包まれている。その輝きはストームブリンガーのコクピットから、コクピットでジオング・スペクトラを睨みつけているジムから、彼のポケットから、そしてポケット中の6つのゴールデン・ポリキャップから放たれていた。
「あの光……ひょっとして、GBN内に閉じ込めるべく放った我々のスーパー・ウルトラ・サイバー介入からお前たちを救い、ログアウトさせた……あの力か!?」
思わず声に洩らしたシューンの言葉に、ジムは息を飲んだ。
脳裏に、琉依ⅩⅢ醒に勝利した激闘の記憶が蘇る。
「じゃあお前は……お前らの正体は、この世界をフェイク・ガンプラで溢れさせようとしているっていう……闇金型マフィアか!」
ジムの胸中に憤りが湧き上がる。
「なんでそんな酷ぇことしようとすんだよ!」
憤怒をぶつけようとするかの様に、再度ジムはジオング・スペクトラに突進した。そんな彼を近づけまいと、シューンは、ジオング・スペクトラの手の指からメガ粒子砲を続けざまに放ち、
「この世界を牛耳るため、世界の富のすべてを、我らの手中におさめるため!」
加えて頭部と腰部の砲口からも弾幕のように放たれるメガ粒子砲を、ジムは懸命にかわしながら、
「んなコトのためにガンプラを利用するなんて……寂しくないのかよ!」
「富を欲するわけではないと? 世界を牛耳りたいわけでもないと? なら貴様は、なんのためにガンプラで戦う!」
シューンは怒声のごとく告げると、ジオング・スペクトラの両腕を分離させた。
「なんのためでもない! オレは……オレらはただ、ガンプラが大好きだ! ガンプラバトルがたまらなく好きだ! ただそれだけだ!」
ジムも叫びを返す。
「……綺麗ごと……!」
シューンはギリリと奥歯を噛んだ。
そんなジオング・スペクトラのコクピットに、
「あんただってそうじゃないのか!」
ボールの声も飛びこんでくる。
「だってそのジオングからは……あんたのガンプラへの気持ちが思いっきり伝わってくる!」
シューンはまるで殴りつけるようにコントロールグリップを操った。
執拗に放たれる攻撃を、ジムは懸命にかわし続ける。
「ジム!」
激闘の様子を、息を飲み見守るしかないノズが叫んだ。見れば分離されたジオング・スペクトラと機体とを結んでいる有線コントールケーブルが、ストームブリンガーの周りを取り囲んでいる。
「…………誘い込まれた…………!?」
思わず声にしたマーキーの、ノズの、ボールの目の前で、有線ケーブルがストームブリンガーを固く羽交い締めにした。ケーブルの先端の手の指の砲口が、身動きとれなくなったストームブリンガーに──ジムに狙いを定める。
「それでも、私は……大切な人に恩返しがしたいんだ!」
すがるように告げるシューンを見つめるかの如く、ジムは、自身に狙いを定めるメガ粒子砲の砲口を睨みつけた、そして、
「だったらニセモン作りの手伝いなんかじゃなくて、本物のガンプラの……ガンプラバトルの素晴らしさを教えてやりゃいいだろ! それこそホントの恩返しになるんじゃねぇのか!」
シューンはハッとした。
次の瞬間、一陣の記憶のそよ風が、彼の心の中を吹き抜けた。
それは、いまは亡き両親から、はじめてガンプラを買ってもらった時の思い出。無我夢中で箱を開け、ビニールを破る……一心不乱にトリセツと向かい合い、無心でニッパーを握った、至福の時間……。そしてドンは、そんな幸せを与えてくれた父や母と寸分変わらぬ愛を自分に注いでくれた。
──そうかもしれない。
今度は自分がドンに、あの豊かな時間を、返してあげる番なのかもしれない。
シューンは砕けるほどに強く握っていたグリップをそっと離した。
ストームブリンガーを羽交い締めにしていた有線ケーブルが静かに解かれた。
暫しの静寂が過ぎる。
ふとシューンは、なにやらポケットが暖かく火照るのを感じた。手を入れ、中に生まれ現れたそれを握り、取り出して見れば、
「黄金に輝く……ポリキャップ……!」
聞こえた声に、ジムが、ボールが、ノズが、マーキーが、驚きの視線を向けた。
「7人目の……レジェンド……!」
全員のコクピットに接近警報が鳴り響いたのはその時だった。
ハッと見上げれば、向かって来る一機のガンプラ──
「違う!」ボールが気づいた「あれは……ガンプーラ!」
突進してきたガンプーラは、ライフルの狙いをジオング・スペクトラに定めている。そのコクピットで、
「どうやらアンダーボスの座にふさわしいのは、この俺のようだな!」
グレースーツのヤサ男がニヤリとトリガーボタンを押した。
シューンは驚き思わず身を凍らせた。
咄嗟にジムはスロットルを押し込む。ストームブリンガーは目をみはるマニューバでジオング・スペクトラの前に位置取ると、盾となってガンプーラの攻撃を受け止めた。
「ジム!」ノズが叫び、ボールとマーキーが息を飲む。
シューンがガンプーラにメガ粒子砲を放つ、命中、ガンプーラは霧散した。
見れば、ストームブリンガーのコクピットが、ガンプーラの攻撃に貫かれている。
あっという間の出来事だった。
四人はただ、言葉を失った。
そんな皆を、眩い光が静かに包んだ。まぶしさに思わず目を閉じ──次にまなこを開けば全員が、コクピットの外に立っていた。視線をおろせば足もとの大地に、ジムが、眠るように横たわっている。
どこかからか声が聞こえる。
「いまここに、7つのゴールデン・ポリキャップが集まった。ゆえに願いを告げよ、望みはなんだって叶う……天と地を入れ替えることも、星屑を金平糖にして頬張ることも……目の前に横たわるその者を、蘇らせることも……」
シューンが見守る中、ボールは、ノズは、マーキーは、視線をかわした。
「……なんだってかなうっていうなら……願いはもちろん……」三人は声を合わせて、
「温泉旅行!」
次の瞬間、あたりを包む光は輝きを増し、すべてをまばゆく消し飛ばし……皆の心から、ジムの記憶は失われた。
次回、Episode.9は3月更新予定です!