「One step closer 〜 それぞれの一歩 〜」
突然包まれた輝きの中で、ユースケはこれまでの人生を思い返していた。鋭い目つきに強面の顔、人より二回りは大柄で屈強な体格は、生まれつきだ。しかし、引っ込み思案から来る口数の少なさも手伝って、幼い頃から怖い物なしの武闘派だと誤解されてきた。ゆえに近づいてくる者もおらず、友だちもできず……本当は大学生になった今でも、散歩中のポメラニアンに吠えられただけで、固まって動けなくなってしまうくらいの小心者だというのに。彼はいつも一人だった。
けれど、GBNでなら大勢の友がつくれた。ガンプラ造りがうまければ、ガンプラバトルが強ければ。ユースケはガンプラが大好きだった。そんな本当の彼を、ここでは皆が見てくれた。
彼は、類まれなるガンプラ才能の持ち主だった。その強さが偽りでないことを証明したかった。本当の自分を見てくれる皆のためにも。
気がつけば辺りを包んでいたまばゆい光は消え、ユースケは、バトルのトレーニング中だったガンプラのコクピットで、黄金に輝くポリキャップを握りしめていた。彼にはそれがまるで勝者の証のメダルに思えた。ユースケは輝きの中で見知らぬ声が語りかけてきたのを思い出した。GBNのなかには、このメダルをいくつも勝ち取ったダイバーがいるという。
「挑戦状?」
「みたいだね?」
ジムとボールの目前にメッセージウィンドウが開き、GBNのオペレーションセンター経由でゲストメッセが届いたのは、二人がいつものようにガンプラファミレスのボックス席で暇を持て余していた時だった。
「お互いのゴールデン・ポリキャップを賭けてガンプラバトルがしたい……って、じゃ、相手はレジェンドガンプラのビルダー!?」
驚くボールの向かいの席で、ジムも「ふうん」と内容を読む。
「けど──」ふと、ボールは訝しんだ。「なんで僕らがゴールデン・ポリキャップ持ってるって知ってんのかな?」
「べつに隠してるわけでもないじゃん、いままでにポリキャップくれた誰かが教えたのかもしんないし、それに──」
ジムは、まんざらでもない表情で背もたれにふんぞり返ると、
「この間の遊園地ディメンションとか、バトル終わったとき、そこそこギャラリーいたじゃん。あんがいオレら有名人だったりして?」
「考えてみれば、ノズちゃんとマーキーちゃんにも教えたしね」
告げてからボールは、「そういえば……」と、
「来ないね、連絡、二人から」
「だな……」
ジムも表情を曇らせたが、即座に気を取り直し、
「つーか、ワケなくドタキャンするような子らじゃないって。またこのあいだの牡蠣みたいに、なんかに当たって寝込んでんだよきっと、そのうちリスケの連絡来るんじゃね?」
「だよね」
ボールも気持ちを取り直すと、目前のメッセージウィンドウに視線を戻した。
「それじゃ、この挑戦、受けていいよね?」
「断る理由ないし。ちゃっちゃとやって早くゴールデン・ポリキャップもう一個、ゲットしようぜ」
ジムは、いまにも指を鼻にねじ込みホジらんばかりの余裕を見せている。
「なんてったってオレの予感じゃ、どうやらゴールデン・ポリキャップの方からオレ達のトコに集まりたがってるっポイからな。楽勝楽勝らくちんちん!」
ガッハッハと天井に向けて大笑いするジムにつられ、ボールもニヤリ不敵な笑みを浮かべた。
「風はいま、僕らに向かって吹いてるってヤツ?」
「…………もうぜんぶ抜けちゃったんじゃない、炭酸…………?」
いつものチープ居酒屋でマーキーは、向かいの席でビールだったものが入ったジョッキを無言で見つめているノズに、ぼそりと言った。そんな彼女のチューハイの氷もとっくに溶けてなくなっている。
二人は、遊園地ディメンションでガードチャンネル越しにコクピットに届いたジムの言葉を、胸の中で反芻していた。それは思わず鼻で笑い飛ばしてしまうような、虫酸の走るセリフ。
「ったく、ガキじゃねぇんだし……」
ノズはようやく口を開いた。
「メシ食う時もクソする時も夢ん中でもメチャクチャ悩んで考えて……そんな気持ちが溢れてんだってさ」
いまいましげに眉間を寄せる。
「クサすぎて……忘れらんねぇし……!」
マーキーは、干からびかけているシメ鯖を箸でつつくと、
「…………ホント……あたしらがバンド組もうって決めた時の気持ちと……おんなじ……」
ノズは言葉を返す代わりに、いまや泡ひとつ立たないただの小麦色の液体となってしまったジョッキの中身をしばらく睨みつけると、一気に飲み干した。
「……まっずぅ……」
対戦場所に指定された、満天の星々に囲まれる宇宙空間──ラグランジュ・ポイント・ディメンションへとダイブしたガンダムストームブリンガーと、とりあえず暫定メインウェポンとして180mmキャノンを装着したポリポッドボール──そのコクピットで、ジムとボールは、対峙した対戦相手の姿にあんぐりと驚きの大口を開けていた。
「なんだぁ……あの武装てんこ盛りのガンプラ……!」
唖然と言葉を失ったジムの一方で、ボールは脳内にアーカイブしてあるエアトリセツのページを必死にめくる。
「ベースの機体はMGサンダーボルト フルアーマー・ガンダムみたいだけど……機体本体のミサイルに、両腕には二連装ビーム・ライフルとロケット・ランチャー、右肩にはGNバズーカ──接続されてる燃料タンク思いっきしデカ! 背部にはシールドに装着されたファンネルが四基に加えてミサイルランチャーが六基、コア・ブースターに装備されてるのはAGE2のミサイルが二発とビーム・バルカンとビーム・ライフルも二丁ずつ……左肩あるのはセンサータンクみたいだ、んでもって両肩のシールドはIフィールド付き……!」
「こんなのまるで……ハリネズミじゃん!」
思わず吐き捨てたジムの声は、バトル・チャンネル(対戦者間交信)を通じ、二人に挑戦状を送りつけた対戦者──ユースケにも届いていた。
「その通り……」ぼそりと応える。「俺の愛機の名は……『フルアーマーガンダム 〜バラージュ ザ ヘッジホッグ(弾幕ハリネズミ)〜』」
ジムとボールのコクピットにも同様にユースケの声が届いた。
冷徹さを想起させる、ひやりとしたそのささやきに、ジムは息を飲み、
「あんだけの武装……残骸も残さねぇ勢いでオレらをぶっ潰そうってわけか……」
そしてボールは、思わず身震いした。
「なんて恐ろしく凶暴なヤツなんだ!」
いいやそうではない。冒頭でも説明したとおり、ユースケはポメラニアンに吠えられただけでも……もっと言えば、ポメラニアンに顔を舐められただけでも、さらに言うならポメラニアンという言葉を聞いただけでも恐怖で固まってしまうほど気が小さいのだ。
しかし皮肉なことに、その気の小ささがアダとなってしまった。
『もし戦闘中にファンネルが落とされたらどうしよう……そうだ! シールドの裏に武器を装着すれば簡単には撃破されないぞ!』『でも、もし戦闘中に弾切れを起こしたら……だったらありったけの弾を搭載すれば!』『けど、途中で燃料が尽きてしまったら……よし! 燃料をこれでもかってくらい積載しよう!』『近接戦闘は、相手と距離が近くなってなんだか恥ずかしいなぁ……だったら最初っから相手と距離を詰めないで戦えるような武装を装備すればバッチリだ!』『けどけど、もしも……(以下省略)』
こうしてここに、小胆と過剰とがハイブリッドセオリーに基づき超融合した、世にも恐ろしく凶暴な容姿の、バラージュ ザ ヘッジホッグは完成した。
ちなみに蛇足かとは思うが、彼のその『冷徹さを想起させるひやりとしたささやき』についてももちろん、単に自分の主張を声を大に伝えるのが苦手なだけで、必要最低限のワードのみを発するクセが、コミューニケーション能力とサービス精神の欠如をうかがわせ、ひいては人間嫌い、行き着くところとして、人間など皆殺しにしてもいい残忍な性格の人物に違いない(あくまでもジムとボールの想像)……という負の連想ゲームを生みだしているだけの話だ。
しかしそんな種明かしは、ジムとボールにとっては知る由もないこと。しかも『挑戦を受けてくれたのだから、二対一のバトルでも文句は言わない』という誠実さすら、かえって余裕しゃくしゃくと受け止められる始末。
ところが、それでも──
「ま、なんとかなるでしょ」
ジムは表情に勝利の確信を滲ませた。
「なんてったってゴールデン・ポリキャップの方が、オレ達んトコに来たいって言ってんだし!(あくまでも勝手な思い込みである)」
「だよねー!(同様)」
ボールは応えると、ウィンドウに表示されているバトルスタートまでのカウントダウンに目をやった、既に一〇秒前を切っている。ひとつ息を吸い、コントロールグリップを握りなおす。一方でジムも、スラスターペダルの上でリズミカルに貧乏揺すりさせていた足をピタと静止させた。
空気を貫く様なけたたましいアラームがバトルスタートを告げると同時に、ストームブリンガーとポリポッドボールは、ユースケの弾幕ハリネズミに向かって突進した。
それから既に九分が経過していた。しかし、あるいはポリポッドボールは仕方がないとしても、GBN屈指の俊足機敏を誇るストームブリンガーですら、バラージュ ザ ヘッジホッグに有効弾を与えられる距離にまで近づくことが出来なかった。それどころかジムとボール双方共に、メインウェポンであるビーム・ライフルと180mmキャノンを破壊されている。残存している武装ではもはや、あれほどの強固な相手に為す術もない。
そしてついにバトルエンドを告げるアラームが鳴り響いた。
ジムとボールは完敗した。
ガンプラファミレスのボックス席で、ジムとボールは、ドリンクを注文する以外、ずっと無言だった。
まさに完膚なきまでの負けっぷりだった。一発の反撃弾も食らわせることが出来ないまま、すべてのゴールデン・ポリキャップを失ってしまった。
「なぁにが、ゴールデン・ポリキャップの方からオレ達のトコに集まりたがってる……だよ……」
ジムは思わず自嘲の笑みを噛みしめた。
ノズとマーキーから連絡が来たのはその時だった。コミュニケーションウィンドウが開いてジムとボールを呼び出す。二人はハッと笑顔を戻すと応答した。ウィンドウにコケティッシュなふたつの笑顔が映し出される。
「ノズちゃん! マーキーちゃん! 顔見たかったぁー!」
ジムは大げさに言いつつウィンドウに食らいついた。その背後からボールも「うんうんうん!」とうなずきながら覗き込む。
「ついこのあいだ約束を破ってしまったばっかりなのに、先日も急にうかがえなくなってしまって……本当にごめんなさい」
「…………今度は、シメ鯖にあたってしまって……」
ノズとマーキーは、相手にモノ言うスキを与えない謝り顔で、黒目がちな大きな瞳をウルウルさせながら、
「失礼をしてばかりいるのにこんなお願いをするなんて、厚かましいことだっていうのはわかってる、けれど……もしまだ気が変わっていなかったら、こんどこそゴールデン・ポリキャップのこと、詳しく教えてもらえない……かな……」
「…………実物、手に取って見てみたい…………」
「そのことなんだけど……」
情けなげに肩を落として見せるジムとボールに、ノズとマーキーはようやく彼らの様子がおかしいと気づいた。
「どうかしたの?」
「うん、実は──」
ジムとボールは、ユースケに──バラージュ ザ ヘッジホッグとのバトルに完敗し、ゴールデン・ポリキャプを失ってしまったことを詳細にカミングアウトした。
「じゃあ──」
ウィンドウの中のノズの表情からふと、愛想が消えた。
「もうあなたたちは、ゴールデン・ポリキャップを持っていないってわけね」
「そう、超ショック、お願いだから慰めてよぉ──」
コミュニケーションウィンドウが、交信を切断され消失した。
ユースケは、ジムとボールとの勝負に勝利し手に入れた四つと、輝きの中で自身の拳が握っていた一つ、あわせて五つのゴールデン・ポリキャップを手のひらに乗せ、眺めた。
ふと思った。
このゴールデン・ポリキャップは、確かに自分にとって、勝者の証のメダルのように思えた。現に新たな四つも、その持ち主とのバトルに勝利し勝ち得たモノだ。しかし、今日剣をまじえた彼らは、決して自分をおびやかす様な強者には思えなかった。
どうして彼らはこれまで、四つもの勝者の証のメダルを──ゴールデン・ポリキャップを手に出来たのだろう。
母と妹たちと自分、計8人の所帯としては決して広くない──むしろぎゅうぎゅう詰めのアパートメントの自室、兼ダイニング、兼リビング、兼寝室で、ボールは床に寝そべり、ネットニュースのまとめサイトを読むともなしに眺めている。そんな彼のタブレットを小学生×2名は脇から覗き込み、シャワーからあがったばかりでバスタオル姿の中学生×2名は、椅子の代わりにボールの背中に座ってドライヤーで髪を乾かし、制服のままバイトから帰った高校生×2名は、そこらにバッグを投げ置くと、一刻も早く楽になりたいと開放的なルームウェアに着替えながら、
「なに? お兄ちゃん今日もGBNに行かなかったの?」
「つい先週まで毎日入り浸ってたのに、あたしらと全然遊んでくんないで」
「つーか」中学生×2名も参戦してくる。「こうして家にいたトコで別に遊んでくれてないけど」
「ねー、何があったの?」
ボールは答えない。
「教えろよー」
尻に敷いているボールの上で、ぼいんぼいん跳ねる、それでも黙ったまま。
見ればいつのまにか小学生×2名がタブレットの画面を、大好きなアニメ『プリりんキュワりん』の動画に変えている。それにも気づいているのかいないのか……。
そこへ、キッチンから母×1名が、夕食を運んでくる。
「ほらほら晩ゴハンの準備手伝って。今日のメニューはみんな大好き、エア・蟹チャーハンよ」
「またエアかよ……」
ボールは思わずうんざりと、
「僕がエア・ガンプラバトルで稼いだ賞金、まだいっぱい余ってるだろ? たまにはそれでこいつらに本物の蟹チャーハン、食わせてやればいいじゃん、高級中華屋とか行ってさ、エアなんかの何百倍も美味いヤツ」
「こうきゅうちゅうか!?」
「日鷹屋!?」
目を輝かせプリりんキュワりんから顔を上げる小学生×2名に、母親×1は肩をすくめて見せると、
「たしかに高級中華屋さんの本物蟹チャーハンには勝てないかもしれないわね、けれど……母さんのエア・蟹チャーハンは、マズい?」
「おいしーい!」
妹×5が声を揃えた。加えて、皆を代表して高校生×1が、
「そりゃそうよ、だってお母さんの料理にはお母さんの全力の気持ちがこもってんだもん。そんなの、勝ちとか負けとかじゃないんじゃない?」
妹×5が皆でうなずき、母×1が「ありがとう」とほっこり微笑む。
ボールはハッとした。
彼は母のエア・蟹チャーハンがどんな料理より大好きだった。
壁一面に開いた窓外に、星空を見上げ摩天楼を見下ろす高層アパートメントの最上階のリビングで、ヴィオラは、
「ガンプラバトルに負けた?」
と、ジムが告げた言葉を反芻した。
「そしたらなんか、いろんなモン一気に無くなってさ……」
そう言うとジムは、ヴィオラお手製のひとくちガトーショコラを摘まんだ。
「いろんなモンって?」
「ま、その……いろんなモンは、いろんなモン」
「ふぅん」
ヴィオラも摘まむと、半分に折って、口に放り込む。
「そしたらもう、GBNはいいかなーって気持ちになっちゃって」
「負けたから、はいお終いってわけ?」
ヴィオラは口もとにガトーショコラのカケラがついているのも構わず、クルクルした目で一生懸命にジムを睨みつけた。
「ふざけんな」
「……え?」
「じゃあなに? わたしはその程度のきまぐれな遊びのおかげで、人生のなかでもっとも大切な瞬間を引き延ばしにされてきたってワケ?」
ヴィオラの言葉にジムは思わずガトーショコラを飲み込んだ……その時、ジムのモバイルギアフォンが鳴った。
ディプレイを見れば、電話を掛けてきたのは、
「……ボール……」
なんだか予感がした、ジムは慌てて電話を取った。
「どうした?」そう告げようとするより先に、ボールの声が飛びこんできた。
「勝ったか負けたかは関係ない……僕たちはガンプラが大好きだ! それが大事なんだ!」
ジムは「!」となった。
そんなボールの声が聞こえたのかどうかはわからない……たぶん聞こえていなかっただろう。それでもヴィオラはジムの歩み寄ると、
「きっと、勝ったか負けたかじゃないよ……あなた自身がやりきったと思えるかどうか、それが大切なんじゃない?」
ジムは暫くの間、ヴィオラを見つめた。そして、
「ちょっと出てくる!」
駆けだそうとした。
「ジム!」
ヴィオラの声に足を止め、振り返る。
「……待ってるから」
微笑むヴィオラの口もとには、ガトーショコラのカケラがついたままだ。
一週間ぶりにジムと再会したボールの第一声は、
「早くアトリエに行こう!」
余計な言葉は必要なかった。その一言だけでジムの気持ちのエンジンも一気にフルブーストまで全開になった。
「なに? ガンプラの改造?」
「って言うか……前にほら、例のキュベレイと一緒にいた百式が持ってたじゃん、馬鹿みたいに精度が高くてパワーあるスナイパー・ライフル!」
「おお、あったな!」
「アレのモジュラーベースのシルエット、ずっとどっかで見たことあるな……って思ってたんだ! やっと正体に気づいた!」
ユースケは、目前に開いたメッセージウィンドウの内容に小さく驚いた。そして、
「このガンプラバトルの行方で、ゴールデン・ポリキャップの真の持ち主が、明かされるのかもしれない……」
彼はその挑戦を、快く受けることにした。
ジムとボールは、先に敗北したのと同じラグランジュ・ポイント・ディメンションをリベンジマッチの場所に指定した。
彼方から、輝く星々を背後に、鋼造りのハリネズミ──バラージュ ザ ヘッジホッグが、こちらを見据えている。
ジムとボールのコクピットに、ユースケの声が届いた。
「ゴールデン・ポリキャップは渡せない」
「そういや、全部あんたに持ってかれてたんだっけ」
ジムはあっけらかんと返した。
「すっかり忘れてた」
ボールの言葉に偽りはない。
そんな二人の愛機には、いま、新たなるいかづちが与えられている。
その名は、
G.H.L‐M.A.D GUN
(Great Hyper Luxury - Multiple Armament Device(マルチ兵装デバイス)-GUN)
以前、シモダがジムとボールに与えてくれた、多目的統合コンセプトウェポンモジュラー『GHL-TBA』(episode2を参照)をベースに二人がビルドした、戦局によって基本デバイスを中心に様々な形態に組み換え/増設が可能な攻防一体のマルチウェポン。
「しっかし、あの百式が装備してたバケモンみてぇなスナイパー・ライフルのベースが、例のキュベレイがシモダのフォースネストの倉庫からぶん捕ってった、GHL-TBAだったなんて、よく気づいたな!」
「エア・ガンプラの癖で、細かいディティール記憶するのは得意なんだ。にしても──」
ボールは、『G.H.L‐M.A.D GUN』の名付け親であるジムに、
「Multiple Armament Device(マルチ兵装デバイス)-GUNってのは解るけど……」
「その部分は、オレのフィアンセが──」
言いかけたジムが、慌てて咳払いでごまかす。
「で、こっちのGreat Hyper Luxuryってのは?」
「なんか、いい感じじゃね?」
「わかんないけど……ジムっぽい!」
ウィンドウに表示されているカウントダウンが0になる、バトルスタートのアラームがけたたましく鳴り響いた。
「んじゃ、レッツ・パーリィと行きますか!」
宣言と同時にジムは、ストームブリンガーの両腕のウェポンラッチに大型二連ビームキャノン形態で装備しているG.H.L-M.A.D計四門を、ユースケのバラージュ ザ ヘッジホッグに向けて一斉にぶっ放すと、突進した。
ユースケは咄嗟に右肩のシールドに装備してあるIフィールドを展開し、受け止めようとした。ところがストームブリンガーの攻撃は、Iフィールドの壁をこじ開け突破し、シールドを粉砕した。
「なんなんだ……この出力は!」
驚くユースケに思案する暇も与えず、今度はボールのポリポッドボールが、頭頂部のウェポンベイにロングレンジビームライフル形態で装着しているG.H.L-M.A.Dを発砲する。
ユースケは再び、左肩のIフィールド・シールドで防ごうとするも、右肩同様にシールドが破壊される。
そんなバラージュ ザ ヘッジホッグに、ストームブリンガーが急接近し、発砲!
「させん!」
バラージュ ザ ヘッジホッグは、反射的に四機のシールドファンネルを展開すると、迫り来るビームに向かってビームを発射、命中させて相殺した。
「なにぃ!」
次いで驚くジムに向かってランチャーからミサイルを連射。追い立てられる様に回避するストームブリンガーの進行方向に、更にレールガンを発砲する。
「誘い込まれた!?」
ジムが息を飲んだその時、放たれたレールガンに、今度はポリポッドボールが放ったG.H.L‐M.A.Dが命中、二つの力が相殺し合い消失する。
「助かったぜボール!」
「にしても! 近接武装を持たないヤツの懐に入れば楽勝だと思ったのに、あと一歩ってトコで遮られるなんて!」
「ああ! あいつ……なんて凄ぇガンプラだ!」
沸き上がってくる想いはもはや感激か感動か……その一方で、ユースケも、
「俺のバラージュ ザ ヘッジホッグの重武装をかいくぐって、あそこまで接近するとは……なんと素晴らしいガンプラ……なんと素晴らしい二人!」
盾と矛ではない。矛と矛、力と力のぶつかり合い。いつしか激しくせめぎ合い相殺し合う、エネルギーの火球と化したバトルフィールドの中で、ジムは、ボールは、ユースケは、勝ち負けを忘れ、ただ、自分が持つすべてを出し切ろうと魂を爆発させていた……大切なこの時間に、決して悔いを残さないよう。
そして、その時はやって来た。
懐に入ろうとするストームブリンガーの侵攻を懸命に阻止し続けるバラージュ ザ ヘッジホッグの周囲には、プロペラントを使い尽くし、デッドウエイトと化したシールドファンネルが放棄され漂っていた。気づけばその四枚が集まりひとつの大きな壁になっている。ユースケはいったんその壁に身を隠し、態勢を整えようと近づいた──その時、シールドの影に身を隠していたポリポッドボールが飛び出し現れ、遂にバラージュ ザ ヘッジホッグの懐に入り込むと、その胸もとにG.H.L‐M.A.Dを突きつけた。
ニヤリとボールが笑み、「よしっ!」とジムが拳を握る。そして……驚いていたユースケが「やられた」とばかりに頭を掻いたのと同時に、双方のコクピットに、バトル終了のアラームが鳴り響いた。
バトルを終えた三人は、付近のコロニーに降り立った。ストームブリンガーとポリポッドボールが、バラージュ ザ ヘッジホッグと向かい合い立っている。機体からジムとボールが降機した。
ユースケは躊躇した。その生真面目さゆえ、彼のアバターは限りなく自分の容姿に近くつくられていた。
最高のガンプラバトルだった、彼らも、彼らのガンプラも、けれど──もし、強面でいかつい自分の容姿を見たら、ひょっとしたら……。
ユースケは意を決し降機した。緊張で強面がよけいにこわばる。
それでも真っ直ぐにジムとボールを見据えた。
ジムとボールもユースケを見据えた。
「最高だよ! あんたも! あんたのガンプラも!」
ジムは飛びこむようにユースケに駆け寄った。
「ホント! このスジボリなんかめちゃくちゃ凄い! こんどテクニック教えてよ!」
ボールは興味津々とバラージュ ザ ヘッジホッグを見上げた。
そうだ、これだ、だからGBNは、素晴らしい……。
「あのさ……」
ふと、ジムがバツ悪そうに、
「さっきは、ゴールデン・ポリキャップのことなんて忘れてた、なぁんて言ったけど……やっぱ、返して貰っていい……かな?」
隣でボールも身を小さくしている。
ユースケはハッとなった。
「そのことなんだが……」
彼もまた、申し訳なさそうに、身を小さくして──二人に、告白した。
「えええーっ!」
ジムとボールは、驚愕に目を見開き、
「全部、謎のキュベレイと百式に持ってかれただってぇ!?」